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Claude Elwood Shannon
1916 - 2001/2/24
情報理論の元祖:ブール代数をコンピュータに入れた人
クロード・シャノンは純粋に計算だけのために使われていた計算機に、ブール代数の考えを 導入することで計算以外の目的でもコンピュータが有効であることを示した。 TRONの坂村健教授 がシャノンの業績を非常にわかりやすくまとめてくれているので引用したい。
「「電子計算機(コンピュータ)を計算だけに使うのはもったいない。これは、いろんな用途に使えるのだ!――このことを世界ではじめて指摘したのは、クロード・シャノン(1916)という人でした。このシャノンの発見と研究がなければ、ひょっとしたらコンピュータはいまだに「高速ソロバン」のまま使われていたかもしれません。少なくとも、今日のような高度情報化社会もなかったし、インターネットやマルチメディア技術の発展もありえなかったはずです。シャノンの業績は、そのくらい偉大です」」
クロード・シャノンは1916年米国ミシガン州ペトスキーで生まれゲイロードで育った。小さい頃から自分で物を作るのが好きな少年だったらしい。1932年に地元のミシガン大学に入学し、電気工学と数学を専攻した。ここで学んだジョ−ジ・ブールの記号論理学は後に彼の情報理論に大きな役割を果たすことになる。1936年に卒業するとマサチューセッツ工科大学の研究助手になり、同時に大学院に進んだ。ここでヴァネバー・ブッシュが作った微分解析機の操作を担当しているうちに、解析機のリレー回路をもっとうまくできないものかと考え、記念碑的な修士論文を書き上げた。1940年MITの博士課程を卒業し、数学博士号を取得した。その後プリンストン大学にいた ヘルマン・ワイルのもとで研究していたが、第二次世界大戦の勃発のため1941年にベル研究所に入り、対空防御システムの研究を行った。戦後もベル研究所にのこり情報通信理論の研究をすることになった。この時代に情報理論の基礎的な仕事をした。1956年MITの教授に招かれた。一時期は一輪車で通う名物教授だったそうだ。1978年に引退した。
1937年彼の修士論文となった「リレーとスイッチ回路の記号論的解析」'A Symbolic Analysis of Relay and Switching Circuits' は、初めて計算機にブール代数を適用したのだった。スイッチの開閉と記号論理における真偽が見事に対応し、スイッチの直列接続はANDに、並列接続はORに対応する。このことで、単に計算だけでなく、あらゆる論理演算がコンピュータで可能であることが示された。翌年この論文が公刊されると影響力はものすごく、いままで10進法に基づいて設計されていた計算機の回路は、以後2進法に基づいて設計されるようになった。
余談だがアラン・チューリング の「計算可能数についての決定問題への応用」が1936年に提出されている。ほぼ同じ時期に二人の天才が現代にいたるコンピュータの可能性を見いだした論文を発表しているのを見ると感慨が深い。このあと電子工学の発展と、第2次世界大戦という逼迫した事情があり、真空管を使った大がかりな電子式計算機プロジェクトがイギリス、アメリカで立ち上がることになる。
1948年〈注)シャノンは「通信の数学的理論」'Mathematical Theory of Communications' という論文をベル研究所のテクニカルジャーナルに発表した。この論文は翌年ウォーレン・ウィーバーとの共著の形で出版された。この論文は情報理論という新たな分野 のスタートとなるものだった。シャノンは通信をより正確に効率よく行うための考察を するなかで、情報をはっきりと計量可能な体系として方向づけようとした。 ビット(BIT:binary digit) という情報の基本単位が導入され、それに基づいて情報の量の概念がシャノンによって定義された。情報理論はしかしシャノン以後今日に至るまであまり大きな発展を見ず、まだ未開拓の分野として残されているような気がする。
2004/01/31:1948年となっていたのを読者の指摘で訂正しました。シャノンは1948年にベル研究所のテクニカルジャーナルに同名の論文を発表していますが、翌年に書籍として公刊しました。
シャノンは1950年「チェスのためのコンピュータプログラミング」 'Programming a Computer for Playing Chess'でただ総当たり的に手を探すのではないやり方を示した。また学習機能を研究するために「迷路を走るネズミ」を考えたりしていた。こうした研究は後の人工知能につながるものだった。シャノンは1953年頃MITの ジョン・マッカーシーと マービン・ミンスキー に彼の研究を手伝ってもらったことがあった。その研究は「オートマトン研究」'Automata Studies'として後に出版された。その縁で、1956年の人工知能学会立ち上げのときには、マッカーシーからさそわれ発起人の一人に名を連ねている。しかし、シャノン自身はその後の人工知能の動きとは一線を画していた。
クロード・シャノンは情報という第3の領域を切り開いた。これは実を言うとまだ 未開拓の広大な原野だ。突き詰めると、今まで人類がやってきたあらゆる学問は間接的に、 この原野を開拓していることになるのだと思う。宇宙とはなにか、人間とは何かという 根元的な問いの答えもこの原野のなかにあるのだろう。クロード・シャノンは高齢だがまだ健在だ。
■日経新聞2001/2/28夕刊によるとクロード・シャノン氏は2001年2月24日にマサチューセッツ州で亡くなられたそうです。84歳。謹んでご冥福をお祈りします。
(シャノン氏の訃報については筆者がWEB更新をさぼっていたため、多くの読者から投稿をいただきました。ありがとうございました)
| 「痛快!コンピュータ学」 | 坂村健著 | 集英社インターナショナル | 1999年11月 | 1700円 |
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| TRONの坂村先生が一般向けに書いたコンピュータの入門書だが、普通の入門書ではなく、坂村先生の思い入れが十二分に発揮されたユニークな内容になっている。 なお、下記の文庫版も出ている。 「痛快!コンピュータ学」(文庫本) |
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| 「コンピュータは考える」 | P.マコーダック | 培風館 | 1998年11月 | 2500円 |
| 人工知能の熱気は、そのままコンピュータがいかに革新的な道具であったかを物語っている。シャノンももちろん登場する。彼もまた一時期は人工知能の大立者だったのだ。 | ||||
| 「思考のための道具」 | ハワード・ラインゴールド | パーソナルメディア | 1987年12月 | 1854円 |
| 本書の副題は、「異端の天才たちはコンピュータに何を求めたか?」となっている。コンピュータの基礎と、インターネットの開発に貢献した人たちを物語風に語ったものだ。みんなある意味で奇才だったり、変人だったりする。そうでなければ新しいものなんて創れないのかもしれない。われらがシャノン先生も一輪車を乗り回す変人として登場する。 | ||||
| 「コンピュータの英雄たち」 | ロバート・スレイター | 朝日新聞社 | 1992年7月 | 2300円 |
| この本で、シャノンは「ブール論理、ネズミ、ジャグリング、一輪車」として紹介されている。シャノンの業績を正しく解説するのは本当に難しいかもしれない。ただ、この手の本でコンラッド・ツーゼを取り上げているのはこの本だけだ。これは著者の慧眼だろう。 | ||||
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