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C.Gordon Bell
1934 -
DECミニコンピュータの父

メインフレーム全盛の時代に、DECはミニコンピュータという市場を開拓した。むろんこの「ミニ」というのは巨大なメインフレームに対しての言葉で、DECのミニコンピュータは実はミニではない。1970年頃 ケン・トンプソン 等によって初めてのUNIXがDECのミニコンPDP-7 (PDP-11となっていたのをFUJITA氏の指摘により訂正しました) にインプリメントされた。またその2年前、高校生だった ビル・ゲイツは学校のPDP-10 のタイムシェアリングサービスでコンピュータに初めて触れたのだった。そのPDPシリーズのいくつかをデザインしたのがゴードン・ベルである。
1934年米国ミズリー州カークスビルで生まれたベルは、父の電気器具販売を手伝いながら機械好き少年になっていった。1957年マサチューセッツ工科大学(MIT)電気工学科を卒業したが、会社の組織で働くのが気が進まなかった彼は,すぐにフルブライト奨学金でオーストラリアのニューサウス・ウエールズ大学に留学し,コンピュータ設計コースを修めた。1959年アメリカに戻ると発明家になりたかった彼はMITに戻り,音響測定の研究をしていたが、翌年にさそわれて、同じMITの卒業生 ケネス・オルセンの起こしたDEC(1957)に入った。そこで新型コンピュータの設計をまかされ、一連のPDP(Programmed Data Processor) (ProgramとなっていたのをFUJITA氏の指摘により訂正しました) シリーズの設計をおこなった。 PDP-4,PDP-5,PDP-6,PDP-8と続き、PDP-8は大ヒットした。1966年少し疲れたので,充電のためカーネギーメロン大学の助教授になる。マルチ・プロセッサの研究をし,それをベースにPDP-11ができた。
特にPDP-8は、12ビットCPUでシングルタスク・マシンだったが、 IC技術とコアメモリーが使われており、冷蔵庫位の大きさで、1万ドルを切る価格で売られた。速く,安く,小さいコンピュータが熱望されていた時期、メインフレームの入り込めない分野(プロセス制御,データの集配信などで分散処理の走りにもなった)で大ヒットした。また、その後に設計したPDP-11は、スタック構造,ユニバス構造を持つマルチプロセッシングの本格的マシンとして広く使われた。
PDP―11の後継機として設計されたVAX(Virtual Address Extention)はその名の通り仮想記憶を実装する 32ビットマシンとして登場した。ゴードン・ベルはVAX−11の設計にも関与している。 VAXはちょうどその頃共通仕様が合意され実用になったイーサーネットとセットで、 ネットワークの要のコンピュータとして一世を風靡することになり、 80年代のLANの時代の先駆けとなった。
ゴードン・ベル氏は現在はマイクロソフト社の「Bay Area Research Center」に籍をおいて研究、指導に活躍中である。マイクロソフト社を起こしたビル・ゲイツはゴードン・ベルの設計したPDPで初めてコンピュータの世界を知った。ゲイツ氏にとっては神様みたいな人である。そういえば、DEC時代彼の下でVMSを開発した デビッド・カトラーもマイクロソフトに来てWindowsNTを開発している。
彼は今までに7冊の本の執筆と無数の講演を行っているが、残念ながら邦訳はまだない。現在IEEEでは彼の名を冠した「ゴードン・ベル賞」を毎年スーパーコンピューティング国際会議の会場で授与している。我が国では東京大学、山形大学、広島大学などの並列計算機の研究グループが受賞している。
| 「コンピュータの英雄たち」 | ロバート・スレイター | 朝日新聞社 | 1992年7月 | 2300円 |
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| コンピュータ関連の人物紹介としては古典的な本で、ふつうは取り上げないような基礎的な仕事をした人コンラッド・ツーゼやジェイ・フォレスターなどていねいにとりあげているので非常に参考になる。 | ||||
| 「コンピュータ・アーキテクチャ」 | 坂村健 | 共立出版 | 1984年12月 | 1200円 |
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