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セイモア・クレイ

Seymour Cray

1925 - 1996

スーパーコンピュータの父

1998/08/24 掲載

That's correct.

「コンピュータの設計は芸術である」とクレイは言ったそうだが、筆者はこの言葉が好きだ。セイモア・クレイはスーパーコンピュータの父と呼ばれている。スーパーコンピュータのジャンルはほとんど彼一人で立ち上げたといっても過言ではないほどである。彼の人生哲学は非常にはっきりしていて、あるインタビューで「あなたの目標は他のどれよりも速いコンピュータをつくることですね」と聞かれてThat's correct.と何の迷いもなく一言のもとに答えていることからもうかがえる。彼はハードウエアの回路設計から筐体設計、ソフトウエアのデザインまで一人でやってしまえる 数少ないゼネラリストで、それなるが故に超越とした存在で、一部には世捨て人と目されていた。

スーパーコンピュータをつくるだけのために

セイモア・クレイは1925年米国ウイスコンシン州チッペワフォールズで生まれた。  ウイスコンシン大学入学からミネソタ大学に移り、電気工学を修めた。 1950年エンジニアリング・リサーチ・アソシエーツ(ERA)に入社。 ERAはその後レミントン・ランド社,スペリー・ランド社と名前を変えて行く。 クレイはハードウエアの回路設計からソフトウエアのデザインまで1人でできる人間だった。 彼は科学技術計算用の最初のマシンERA1101を設計した。 またUNIVAC1103のデザインの多くも受け持った。

CDCの設立

その後1957年、スーパーコンピュータを作るため、ウイリアム・ノリス等8人と共にコントロール・データ社 (CDC)を起こした。そこで開発したCDC1604,CDC6600,CDC7600は 後にスーパーコンピュータと呼ばれる分野を作った。

自分の会社を

1972年またしてもスーパーコンピュータをつくるだけの会社、 クレイ・リサーチ社を設立して、スーパーコンピュータの制作に専念できる環境をつくった。 1976年株式を公開して資金調達し,CRAY−1を納入した。 クレイのコンピュータに実装されたベクタープロセシングなどの技術は今日の並列処理技術の核となっている。

理想的な人数は1人だ

以下に朝日新聞社から出ている「コンピュータの英雄たち」から彼の信条がわかる部分 を引用してみたい。

「クレイのコンピュータ作りの方法はかかわる人間の数を可能な限り少なく保つことである。 人数が増えるほどプロジェクトの成功のチャンスは少なくなる。彼の視点では理想的な人数は1人だ。しかしこれは現実的でない。そこで最大限は12人にすべきである」
「コンピュータの英雄たち」より
「彼は、コンピュータの研究における国家努力という考えにぞっとしていた。クレイにとって、理想的な状況とは、多くの独立した人々が自分自身で考え、実験しているというものだった。ひとつの会社の中での競争は健全なものだ、と彼は記している」
「コンピュータの英雄たち」より

黙祷

セイモア・クレイは1996年愛車チェロキーを運転中の交通事故が元で亡くなった。 71歳であった。

参考文献および関連書籍の紹介
「スーパーコンピュータを創った男」 チャールス・マーレイ 廣済堂出版 1998年3月  1900円
「コンピュータの英雄たち」 ロバート・スレイター 朝日新聞社 1992年7月  2300円
コンピュータ関連の人物紹介としては古典的な本で、ふつうは取り上げないような基礎的な仕事をした人コンラッド・ツーゼやジェイ・フォレスターなどていねいにとりあげているので非常に参考になる。
インターネットソースの紹介
クレイ社の歴史ページ(別ウィンドウ)
http://www.cray.com/about_cray/history.html
ゴードンベルによるクレイ講義(マイクロソフト)(別ウィンドウ)
http://research.microsoft.com/users/gbell/craytalk/index.htm
移行前のコメント
2002/12/27
"クレイのコンピュータに実装されたベクタープロセシングなどの技術"とあるが、ベクタプロセシング自体はCDCの頃には完成されています。
Cray, Inc.とそれ以前の大きな違いはmemory-memory型からregister-register型のアーキテクチャとChaining技術を採用したことではないでしょうか。

 

 

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