トップページへ > プログラミング言語の作者へ
前のページに戻る
Google  

デニス・リッチー

Dennis M. Ritchie

1941 -

UNIXの共同開発者、C言語の設計者

1998/11/02 掲載

「プログラミング言語C」

今、筆者の手元にはデニス・リッチーと ブライアン・カーニハンの書いた「プログラミング言語C」がある。今風の教科書のように分かり易く、読みやすく書いてあるとは言い難いが、開発者でないとなかなか書けそうもない表現が随所にあり、じっくり読むと味のある本である。C言語はUNIXとともにベル研究所で誕生した。デニス・リッチーはその産みの親である。

ハーバードの応用数学

デニス・リッチーは1941年に米国ニューヨーク州ブロンクスビルで生まれた。ハーバード大学では物理学と応用数学を学んでいる。1968年にハーバード大学から応用数学で博士号を授与された。

C言語を中心にしたコンピュータ言語の系譜

リッチーは1967年、彼の父の勤めるベル研究所に入った。そこですぐにMULTICSプロジェクトに参加することになる。このプロジェクトは、ベル研究所とマサチューセッツ工科大学(MIT)、ゼネラル・エレクトリック(GE)3者の共同開発で始められた新しいコンピュータ環境を創るビッグプロジェクトだった。リッチーはこのプロジェクトでMULTICS上で動くBCPL言語用のコンパイラを開発した。 BCPL(Basic CPL)はAlgol-60を祖先に持つ言語で、デニス・リッチーはケン・トンプソンと一緒にBCPLを発展させてB言語をつくる作業もしていた。このB言語からNB(NewB)を経て、さらに発展してC言語ができるのである。B言語は主にケン・トンプソンによって創られたが、C言語はデニス・リッチーが主体になってまとめ上げた。のちにUNIXはアセンブラからC言語に書き換えられるが、この作業もデニス・リッチーが主体になって行ったものだ。UNIXはC言語に書き換えられてから、移植性に優れたOSとして、多くのユーザーを獲得した。また、C言語もパソコン、UNIX機、汎用機、スーパーコンピュータにいたるまでほとんど全てのコンピュータの主要言語として使われている。C言語からは、後に同じベル研究所の ストラウストラップによって、オブジェクト指向を盛り込んだC がつくられ、そのC からはジェームス・ゴスリンによるJAVAが生まれている。C言語を中心にしたこの系譜は、コンピュータ言語の主流として大きな幹を形成している。そういった意味で、デニス・リッチーの果たした役割は限りなく大きい。

いたって元気そうである

リッチーは1983年にチューリング賞を受賞するとともに、ベル研究所のフェローになった。現在もベル研究所で活躍中で、1995年にPlan9という分散システム向けのオペレーティングシステムを創ったり、そのあとはインフェルノOSというものを創ったりしている。いたって元気そうである。

二人の力:UNIXとC言語の誕生物語のページもご覧ください

参考文献および関連書籍の紹介
「UNIX原典」 AT&Tベル研究所編 パーソナルメディア 1986年11月  3605円
「Life with UNIX」 Don Libs & Sandy Ressler アスキー出版局 1990年7月  3000円
「プログラミング言語C第二版」 B・W・カーニハン/D・M・リッチー 共立出版 1989年6月  2718円
インターネットソースの紹介
ベル研究所のデニス・リッチーのページ(英文)(別ウィンドウ)
http://cm.bell-labs.com/cm/cs/who/dmr/
C言語の歴史(英文)(別ウィンドウ)
http://cm.bell-labs.com/cm/cs/who/dmr/chist.html

 

 

コメントの投稿と一覧

感想、ご意見など自由にご記入ください