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Tom DeMarco
1940 -
構造化分析の手法:データフローダイアグラムの発案
彼の主著である「構造化分析とシステム仕様」(Structured Analysis and System Specification)は この分野ではバイブル的な存在で、コンピュータソフトウエアに何らかの関係がある人たちは、 ほとんどがこの本の洗礼を受けているはずである。
トム・デマルコは彼の経歴の始めとして、ベル電話研究所で伝説のESS-1プロジェクトに参加した。それから数年後フランスでCEGOSというリアルタイムシステム・プロジェクトを指揮し、また、スエーデンとオランダ、フランス、フィンランドにまたがった銀行オンラインシステムの導入を監督したりして経験をつんだ。そして、アメリカ大陸、ヨーロッパ、オーストラリア、極東地域など世界中にまたがってコンサルティング活動をおこなってきた。
デマルコはコーネル大学の電子工学科を卒業し、コロンビア大学で修士号、パリのソルボンヌ大学で学位を得ている。プライベートでは彼は救急医療の技術者として、彼の住んでいる米国ニューイングランド州とEMTから資格を認定されている。彼は言ってみればシステム開発のレスキュー隊だが、彼の中では救急医療とどこかリンクしているのだろうか。
プログラミングというものが黒魔術だったころ(アッセンブラでプログラミングしていた頃 )はシステム開発は概して個人技に頼るところが多かった。 むろんこの本質は今もちっとも変わっていないが、ソフトウエア開発が一般化、 大規模化するに従って、この個人技は少なくとも表面からは見えなくなり、 厚いプロジェクト管理の重層の最下部に隠されることとなった。実はこのことが事態をいっそう深刻なものにしていった。コンピュータのビジネス分野での普及にともなって、大規模なコンピュータシステムが世界中で導入されだいしたが、それに呼応したかのようにソフトウエアの大規模プロジェクトがあっちこっちで頓挫し、スケジュール通り進まないのがむしろ当たり前のような状態になったのである。うまくいったプロジェクトを調べてみると、必ず超人的なプログラマやSE 、管理者がいるのである。つまり、はっきり言って個人技の世界はまだ生きていたのだった。
誰もがその事態の打破に注意をむけたが、一番の原因はソフトウエアというものが目に見えないことだった。そのため、開発を行っている当のメンバーでさえ、今どのくらいできあがっているかの認識がまちまちだったり、はっきりと言うことができないのだった。これがビルディングを建てるプロジェクトなら今どこまで工期が進んでいるかは、通りがかりのおじいちゃんでも一目でわかるのだが…… ということを考えるとソフトウエア開発が抱える問題点の深刻さがわかるのである。そしてもう一つの大きな問題はどんなものを作ればいいのかさえ、実ははっきりとわからないという衝撃的事実だった。このソフトウエア開発における2大「はっきりしない」問題は現在でさえも大きな障害として残っている。デマルコは自分自身の経験を踏まえて、この分野に挑戦した。つまり、プロジェクト運営の技術とシステム設計における構造化手法である。むろんこれは本質的な治療法ではなく対症療法であるが、それでも効果が絶大に発揮されるケースも少なくなかった。
| 「構造化分析とシステム仕様」 | トム・デマルコ | 日経マグロウヒル社 | 1986年12月 | 4800円 |
|---|---|---|---|---|
| 「ピープルウエア 第2版 - ヤル気こそプロジェクト成功の鍵」 | トム・デマルコ | 日経BP社 | 2001年11月 | 0円 |
| 「デッドライン―ソフト開発を成功に導く101の法則」 | トム・デマルコ | 日経BP社 | 1999年3月 | 0円 |
| 「ゆとりの法則 - 誰も書かなかったプロジェクト管理の誤解」 | トム・デマルコ | 日経BP社 | 2001年11月 | 0円 |
| 「デマルコ大いに語る―ソフトウェア24の閃きと冴え」 | トム・デマルコ | 日科技連出版社 | 1998年12月 | 0円 |
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