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Alan Curtis Kay
1940 -
パソコンの父
偉人伝で活躍する人たちは、あまり主立った著作を残していないが、 アラン・ケイはその中では例外でいくつかの論文を残している。 それらを一冊にまとめた邦訳もあり、彼の考えを知るよい手がかりになる。
1940年にマサチューセッツ スプリングフィールドで生まれたケイは、10歳でクイズ・キッズというラジオ番組のチャンピオンになり,神童として名前が知れ渡っていた。その後、反抗的な態度でブルックリン・ハイスクール,ペサニーカレッジを退学になってロックバンドでギターをひいていたりしたらしい。
1961年徴兵で空軍に入り,またまた上官に反抗して懲罰を受ける繰り返しのなかで, コンピュータの適正試験に合格した。 1962年その空軍の援助でコロラド大学に学んだ。この辺がアメリカの大らかというか、 懐が深いところで、日本だと、ぺけ印が付いてそれっきりだ。その後は才能が開花したのか、 1966年にユタ大学大学院に入り、 1968年早くも未来のパーソナル・コンピュータのイメージ「ダイナブック」のコンセプトを発表 した。
スタンフォード大学の人工知能研究所にしばらくいた後1972年有名なゼロックスの パロ・アルト研究所に入る。 この研究所のプロジェクトの一員として、パーソナル・コンピュータの原型となる 「アルト」を開発した。またアルトを結ぶネットワークとしてイーサーネットの原型が考案され、 その後のLANの時代を開くことになる。 また、アルト用のソフトウエアとしてスモールトークも開発された。 スモールトークは最初のオブジェクト指向言語として有名で、 シミュレーション言語やLOGOの影響を受けたと言われている。 その後のオブジェクト指向全盛時代の端緒となった。 ケイはそのあとは1981年アタリ技術担当副社長を経てアップルの研究フェローとなって、 この間も日本に来たりして健在である。
アラン・ケイはせっかく論文を残しているので、その中からひとつだけ引用してみたい。 彼はコンピュータの本質について言及した箇所で興味深い言い方をしている。
「コンピュータは,他のいかなるメディアー物理的には存在しえないメディアですら,ダイナミックにシミュレート(注)できるメディアなのである.さまざまな道具として振る舞う事が出来るが,コンピュータそれ自体は道具ではない.コンピュータは最初のメタメディアであり,したがって,かつて見た事もない,そしていまだほとんど研究されていない,表現と描写の自由を持っている.それ以上に重要なのは,これは楽しいものであり,したがって,本質的にやるだけの価値があるものだということだ」
筆者は、コンピュータの歴史で比較的初期に活躍した人たちが、 コンピュータの本質について優れた洞察をしているのに驚いたことがある。 アラン・ケイの言葉にもそれを感じる。
| 「アラン・ケイ」 | アラン・ケイ | アスキー出版局 | 1992年3月 | 2400円 |
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| アラン・ケイの論文集で、「パーソナル・ダイナミック・メディア」など4編が収められている。ケイの論文を読むと、ものごとを根本からとらえなおすことの大切さがよくわかってくる。後半は簡単な評伝になっていて、写真も豊富。 | ||||
| 「思考のための道具」 | ハワード・ラインゴールド | パーソナルメディア | 1987年12月 | 1854円 |
| これも今となっては古典的な本で、コンピュータの歴史を思考という側面からみたもの、バベッジからネルソンまで多彩な顔ぶれを知ることができる。 | ||||
| 「メディアの考古学」 | 橋本典明 | 工業調査会 | 1993年2月 | 2580円 |
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