ちえの和webページ
Jerry Kaplan
unknown -
ペン・コンピュータのパイオニア
ジェリー・カプランの設立したGO社のペンOS ペンポイント は徹底したオブジェクト指向OSで、データ主体の発想が貫かれていた。まず先にノートのページがあり、そのページはどのソフトを使って書くかと決めていく。一つのページにワープロソフトで書いた文章や、表計算ソフトで作った一覧表などが混在するかたちになり、現在のOLEのようなインターフェイスだったのだろう。また、ある文字の上を、ペンで×と書くと、その文字を削除するというアクションになる。これは「ジェスチャ」と呼ばれるペンOS独特のインターフェイスで、^や」などいくつかの類型化されたジェスチャがあった。
ジェリー・カプランはたぶん1945年前後にアメリカで生まれた。ペンシルバニア大学でコンピュータ科学を学び、1979年に人工知能の研究でペンシルバニア大学から博士号を授与されている。その後スタンフォード大学に移り研究員になった。1981年スタンフォードの教授グループが作ったテクナレッジという会社に参加し、得意の人工知能を応用してエキスパートシステムなどの開発をしていた。カプランは小さなコンピュータに興味があり、IBM-PCを購入してパソコンで同じことができないかとプロトタイプをいくつか作った。
ちょうどその頃、ロータスの創業者である ミッチ・ケイパー がカプランの研究室に尋ねてきた。そこから話がすすみ、共同でロータスのためにロータス・アジェンダという個人向けのソフト(今でいうとアウトルックのようなソフトなのだろうか)をつくった。そして1987年2月 ケイパーの自家用飛行機に同乗して話し合っているときにペン入力のコンピュータという発想が浮かんだのだった。 ケイパーもそれに乗ってきた。すぐに真剣な具体化計画の話になり、若干の紆余曲折の後、1987年8月ケイパーの支援のもとベンチャー・キャピタルから資金を集めて、カプランはペン・コンピュータ事業化のためGO社を設立した。
カプランのペン・コンピュータ構想は業界に大きな波紋をよび、アップル、マイクロソフト、 IBMなどの大所がすぐに関心を示した。1988年7月には ビル・ゲイツ がわざわざ試作機を見学にきている。その後の動きはまさにコンピュータ業界全体を巻き込んだペン・コンピュータのフィーバーとなり、ベンチャーも相次いで名乗りをあげた。1990年にはマーク・ポラット、 ビル・アトキンソン、 アンディ・ハーツフェルド 等のゼネラル・マジック社も設立されている。1991年マイクロソフトはWindows for Penを発表、 IBMもペンOS/2を発表した。1992年にはカプランのGOは「ペンポイント1.0」を出荷し、市場を一歩リードしたが、アップルもニュートン構想を発表、マイクロソフトもWindows for Penを出荷した。この頃日本のメーカーもそろってこの市場に参入している。
しかし、まだ技術的に未成熟で、ハードウエア的なハードルもかなり高く、 結果的には商売になるところまではいかなかった。マイクロソフトはWindows for Penの開発を中止し 、IBMのシンクパッドもノートパソコンに様変わりした。 アップルのニュートンも社運をかけたが失敗に終わった。 この失敗が尾を引いてCEOのジョン・スカリーは後に解任されることになる。 ゼネラル・マジックも大きく事業の方向転換をせまられた。カプランのGOは資金を 求めてIBMと提携したり、AT&Tの翼下に入ったり、大手企業間の思惑に翻弄されながら、 ついに1994年AT&Tに吸収された後、解散となった。全ては水泡に帰した。 膨大な開発費の調達を含め、まったく新しい物をゼロから作り、 なおかつ市場に受け入れられることの難しさをこのときカプランは経験した。
むろんペン・コンピュータがこれで無くなったわけではない。それどころか、 これこそが未来のはずなのだ。ジェリー・カプランの夢は現在も生き続けて 数年後にはまた話題をさらうことになるかもしれない。 1つは手のひらコンピュータ、もう一つはペン・コンピュータだ。
現在PDA(Personal Digital Assistant)と呼ばれている手のひらサイズの市場はアメリカではIBMの「ワークパッド」、日本市場ではシャープの「ザウルス」が圧倒的な人気だ。 OSは3Com社のパームOSがほぼ業界標準となっている。これに加え、最近ではGPS(Global Positioning System)を搭載して地図と自分の位置情報を確認できるツールもカシオやエプソンから発売されている。こうした手のひらツールはやがてiモード携帯電話と融合して、どこにいても世界中の情報にアクセスできる、個人にとって絶対に手放せないアイテムに進化するに違いない。筆者の予想では、手のひら市場ではペン入力はあまり実際的ではなく、音声入力とテレビゲーム・インターフェイスがキーになると思う。余談だが、プレイステーションを作った 久多良木健 は、プレステ3の頃のライバルは携帯電話でしょう、と言っている。彼の発言は携帯電話とPDAが融合することをふまえてのことなのだ。
もう一つの進化型は完全なペン・コンピュータの方向だ。これは紙を使う人間の活動をコンピュータに置き換えようとするので、すでに商品化されたものもあるものの、実用レベルにはまだ道は遠い。しかし、現在のパソコンの未来型がここにある。パソコンは現在のタブレットのような薄い板状になり、画面は立てるのではなく横に寝かせて、まさに我々が今本を読むときのように使うようになる。そしてキーボードはなく、すべてペンで操作する。これは、はるか昔 アラン・ケイ がイメージしたダイナブック構想そのものだ。我々の求めるものは変わらず、ちょっとそれに近づいた、といったところだろうか。
ジェリー・カプランは1994年ペン・コンピュータの夢が破れると、昔のスタンフォードの 仲間とOnsaleというインターネットで種々のコンテンツをオークション形式で販売する会社を共同設立してCEOになった(現在はEgghead.comに合併している)。また、彼の会社GOの設立から解散に至るまでをつづった"STARTUP:A Silicon Valley Adventure"(邦訳あり)は米国でベストセラーとなった。
| 「シリコンバレー・アドベンチャー」 | ジェリー・カプラン著 仁平和夫訳 | 日経BP社 | 1995年10月 | 1800円 |
|---|---|---|---|---|
| ジェリー・カプランの生い立ちについて:脇英世氏の「IT業界の開拓者たち」によると1952年生まれで、シカゴ大学の歴史哲学科を卒業したとあります。 | ||||
| 日経バイト1993年1月号 | 日経BP社 | 1993年1月 | 0円 | |
| PDA関係の記述は混乱を招くと思います。 IBMのワークパッドはPalm OSで動いていますが、ザウスルは独自OSでした。 # ザウルスはLinuxに移行するようです。 また、Palm OS系の元祖であるPalm社が健在であるのに、ワークパッドを以てPalm OS系の代表とするのにも抵抗があります。 |
||||
感想、ご意見など自由にご記入ください