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Stephen Wozniak
1950 -
ガレージの天才:アップルIIの作者
アップルを創業した二人のスティーブだが、一方のスティーブ・ジョブスはアップルを去ったあとも話題に事欠かない活躍をしており、最近はまた請われてアップルに返り咲いた。いっぽうのウォズニアックの名前がのぼることは、もうあまりない。しかし、彼の偉業は伝説となってコンピュータをよく知る人々の脳裏にいつまでも残っている。
彼こそガレージから今日のパソコンを作ったその人である。
ウォズニアックは1950年米国カリフォルニア州サンノゼで生まれた。 まさにシリコンバレーの申し子のような彼は、 13歳の時にはもう自分でパソコンを試作するようになっていたほどのエレクトロニクス好きだった。 彼はコロラド州立大学を1年で中退後、カリフォルニア州立大学バークレイ校に入ったが、 これもすぐにやめてヒューレット・パッカード(HP)に就職してしまった。 HPはシリコンバレーを代表するハイテク企業で、ウォズニアックの好奇心を満たすのに 十分だったらしい。ここで働きながら、エレクトロニクス好きの集まる色々なサークルに参加し、 しばらくするとウォズと呼ばれ、ちょっとした人気者になっていたらしい。 彼の凝り性はそこでも頭抜けていたのだろう。 彼が仲間に自慢するために自作したマシンは結構評判が良かった。スティーブ・ジョブスがアップルと名付けたそのマシンは、十分ビジネスになるものだった。ジョブスはウォズのマシンを売るための仕組みづくりに奔走し、1977年アップル社は設立され、改良型のAPPLE−IIがまもなく大ヒットした。
少年たちのエレクトロニクス好きは、昔も今も、日本でもアメリカでも同じようにあるのだろう。毎週集会を開いて、自分の作ったマシンやプログラムを自慢しあう少年たちの興奮のなかに、もう一つ向こうの時代のエネルギーがある。
スティーブ・ウォズニアック氏は現在48歳で、形式上は、まだアップル社の社員兼株主をしている 。実際は地域の小学生にコンピュータを教えたり、 高速のインターネット環境を学区内の全ての学校に提供するなど、教育と地域活動に従事している。 2年前の彼のインタビュー記事から彼の信条を引用したい。
「私の第一の目標は一生エンジニアとして働くことでした。ですから昇進はしない。管理職にはなるまいと誓ったのです。そして実際、管理職になったことはありません。なぜみんなが肩書きを欲しがるのか、いまだに理解できません。今でも私はアップルの一員で、給料をもらっています。でも組織図ではずっと最下部にとどまっています。部下を持ったこともありません。私はただ好きなことをしていたい。それは会社を経営することでも、他人に命令することでもない。私はほとんどの人よりもずっと素晴らしい人生を送ってきました。おそらくエンジニアの成功というのはこうしたことなんでしょう。」
1984年ころの映像。アップルの歴史博物館で歴史的な展示品を前に説明しているスティーブ・ウォズニアック
| 「ハッカーズ」 | スティーブン・レビー著 古橋芳恵/松田信子訳 | 工学社 | 1987年3月 | 2575円 |
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| 本書は「暗号化」など多くの著作を持つジャーナリスト、スティーブン・レビーの力作で、おもにPC前期、創成期の物語で、コンピュータが好きでたまらない連中を主人公にしたものだ。 | ||||
| インターネットビジネス最前線 | 日経BPムック | 日経BP出版センター | 1996年8月 | 980円 |
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