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Bill Atkinson
1951 -
MACの神様:ハイパーカードの作者
Windows一辺倒の人はどうかわからないが、MACファンでビル・アトキンソンの名前を知らない人 はまずいないと思う。かれの作ったハイパーカードはマッキントッシュにバンドル( 注1)されている。このソフトは、カード型データ処理をハイパーテキスト(注2) のコンセプトにそって実現したもので、直感的に分かりやすく、スクリプト言語を使うと ほとんど何でもできるので、多くのMACファンを魅了した。現在では非常に多くのハイパーカードの 部品がフリーで出回っている。アトキンソンはこのソフトウエアの作者として多くの尊敬をあつめた。
ビル・アトキンソンは1951年米国で生まれた。1968年にカリフォルニア大学 サンディエゴ校の化学科に入学した。1972年卒業するとワシントン大学大学院の 修士課程にすすみ、電気工学と神経科学を専攻した。ちゃんと卒業したのかは不明だが、 たぶんほっぽりなげて1978年、前の年にできたばかりのアップル・コンピュータに入社した。 まだ従業員が数十人しかいない時代で、ソフトウエア開発の専門家という立場で参加したらしい。 1979年、当時の会長 スティーブ・ジョブス と一緒にゼロックスのパロアルト研究所を見学にいった。そこでALTO(注3)を見た。ジョブスは熱狂的に感動したようだが、アトキンソンは技術者らしく冷静に見ていたという話らしい。アトキンソンが実際どのように感じたかはわからないが、その後アップルはALTOのようなコンピュータを目指して突き進むことになる。
マッキントッシュ・プロジェクトのなかでアトキンソンはグラフィックスの重要な部分を作り込んだ。 クイックドローとマックペイントである。1984年にマッキントッシュは売出され、マックペイントもバンドルされていたようだ。アトキンソンはその後マジックスレートというプロジェクトの開発と挫折を経験した。そして再起一念奮起して作ったのがハイパーカードだった。1987年にハイパーカードが完成すると、アトキンソンは当時のCEOジョン・スカリーに直談判しマッキントッシュにハイパーカードをバンドルすることを認めさせた。ハイパーカードは成功した。
ここでちょっとバンドルの功罪を考えてみたい。ハイパーカードがMACにバンドルされて売り出されたおかげで、ユーザーはMACを買えばハイパーカードが使えた。ハイパーカードはフリーソフトのように「ただ」に見えた。ただ、逆にみるとハイパーカードはMACに縛り付けられてしまった、ということができるのではないか。ハイパーカードがWindowsユーザーにも解放されていたなら、もっとおもしろい展開になっていたと思う。 事実マイクロソフトのワードやエクセルはMAC用のものが販売されている。これは大きな差だ。時代は確実にオープン化に浸っている。アップル・コンピュータがハードウエア・メーカーなのか、ソフトウエア・メーカーなのかをはっきりさせなければならない時期がとうに来ていると思う。その両方だというのなら、アップル・コンピュータとアップル・ソフトウエアに分離すべきだ、というのが筆者の老婆心である。しかも一刻も早く。
それはさておき、アトキンソンは、マーク・ポラットの呼びかけに応じ、1990年ゼネラル・マジック社を共同設立した。このときMAC-OS開発の主要メンバーだった アンディ・ハーツフェルド もソフトウエア担当副社長として設立に参加している。マーク・ポラットは、情報科学の専門家でポケット・クリスタルという情報端末の構想を持っていた。今のPDAやiモード携帯の先を目指し、未来の情報端末のイメージを具現化する野心的なプロジェクトだったが、ちょうどその時期同じような構想のプロジェクトが方々で立ち上がったりして、彼らの事業としてはうまく回っていかなかった。アトキンソンは1995年にゼネラル・マジックをはなれた。
その後はどうしているのかな?と見ると、1997年にビル・アトキンソン・フォトグラフィ という会社を設立していて、何と高級風景写真を売っているという。思わずえ〜と言ってしまうが、 アトキンソンにとってこれが本気なのかどうかはわからない。とりあえずお金の心配のない身分 だと思うので、しばし風景写真を味わいながら戦士の休息といったところなのだろうか。 また時期を見て何かすごいソフトウエアを作ってくれ ることを望みたい。彼は今でもMACの神様なのだ。
おもにソフトウエアをハードウエアにくっつけて込み込みで売る形式をバンドルと言っている。(エクスプローラをOSにバンドルするといった使い方もされる)ソフトウエア市場が成熟する以前の大昔はソフトウエアを別売しても誰も買わないので、当たり前のようにバンドルされていた。その後ソフトウエアが認知されると、むしろ別に売る方が高収益を見込めることがわかって、逆にアンバンドルが主流になった。しかし、近年になって、いわゆる1極化(一人勝ち)現象が顕著になり、とりあえず何はおいてもシェアを確保することが先決というマーケティング戦略がとられるようになりバンドルという形式が復活している。
テッド・ネルソンによって初めて提唱された情報処理方式で、現在のインターネットでの HTMLもハイパーテキストの一種であるが、ネットワーク上のどこへでもリンクをはることができ、蜘蛛の巣状に展開された情報といったイメージに近い。
ゼロックスのパロアルト研究所がアメリカ全土から精鋭を集めて作り上げた未来コンピュータで、 アラン・ケイ のダイナブック構想が下敷きになっているといわれている。現在のグラフィカル・ユーザーインターフェイス(GUI)や、ローカルエリア・ネットワーク(LAN) などがすでに実装されていた。
| 「メディアの考古学」 | 橋本典明 | 工業調査会 | 1993年2月 | 2580円 |
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| 「パーソナルコンピュータを創ってきた人々」 | 脇英世著 | ソフトバンク | 1998年11月 | 1400円 |
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