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ビル・アトキンソン

Bill Atkinson

1951 -

MACの神様:ハイパーカードの作者

1999/11/22 掲載

MACの神様

Windows一辺倒の人はどうかわからないが、MACファンでビル・アトキンソンの名前を知らない人 はまずいないと思う。かれの作ったハイパーカードはマッキントッシュにバンドル( 注1)されている。このソフトは、カード型データ処理をハイパーテキスト(注2) のコンセプトにそって実現したもので、直感的に分かりやすく、スクリプト言語を使うと ほとんど何でもできるので、多くのMACファンを魅了した。現在では非常に多くのハイパーカードの 部品がフリーで出回っている。アトキンソンはこのソフトウエアの作者として多くの尊敬をあつめた。

キャリアのスタートは小さなベンチャー企業アップル

ビル・アトキンソンは1951年米国で生まれた。1968年にカリフォルニア大学 サンディエゴ校の化学科に入学した。1972年卒業するとワシントン大学大学院の 修士課程にすすみ、電気工学と神経科学を専攻した。ちゃんと卒業したのかは不明だが、 たぶんほっぽりなげて1978年、前の年にできたばかりのアップル・コンピュータに入社した。 まだ従業員が数十人しかいない時代で、ソフトウエア開発の専門家という立場で参加したらしい。 1979年、当時の会長 スティーブ・ジョブス と一緒にゼロックスのパロアルト研究所を見学にいった。そこでALTO(注3)を見た。ジョブスは熱狂的に感動したようだが、アトキンソンは技術者らしく冷静に見ていたという話らしい。アトキンソンが実際どのように感じたかはわからないが、その後アップルはALTOのようなコンピュータを目指して突き進むことになる。

バンドルしないのなら辞めると社長に直談判

マッキントッシュ・プロジェクトのなかでアトキンソンはグラフィックスの重要な部分を作り込んだ。 クイックドローとマックペイントである。1984年にマッキントッシュは売出され、マックペイントもバンドルされていたようだ。アトキンソンはその後マジックスレートというプロジェクトの開発と挫折を経験した。そして再起一念奮起して作ったのがハイパーカードだった。1987年にハイパーカードが完成すると、アトキンソンは当時のCEOジョン・スカリーに直談判しマッキントッシュにハイパーカードをバンドルすることを認めさせた。ハイパーカードは成功した。

MACのプラットフォームだけでいいのか

ここでちょっとバンドルの功罪を考えてみたい。ハイパーカードがMACにバンドルされて売り出されたおかげで、ユーザーはMACを買えばハイパーカードが使えた。ハイパーカードはフリーソフトのように「ただ」に見えた。ただ、逆にみるとハイパーカードはMACに縛り付けられてしまった、ということができるのではないか。ハイパーカードがWindowsユーザーにも解放されていたなら、もっとおもしろい展開になっていたと思う。 事実マイクロソフトのワードやエクセルはMAC用のものが販売されている。これは大きな差だ。時代は確実にオープン化に浸っている。アップル・コンピュータがハードウエア・メーカーなのか、ソフトウエア・メーカーなのかをはっきりさせなければならない時期がとうに来ていると思う。その両方だというのなら、アップル・コンピュータとアップル・ソフトウエアに分離すべきだ、というのが筆者の老婆心である。しかも一刻も早く。

ゼネラル・マジックの夢

それはさておき、アトキンソンは、マーク・ポラットの呼びかけに応じ、1990年ゼネラル・マジック社を共同設立した。このときMAC-OS開発の主要メンバーだった アンディ・ハーツフェルド もソフトウエア担当副社長として設立に参加している。マーク・ポラットは、情報科学の専門家でポケット・クリスタルという情報端末の構想を持っていた。今のPDAやiモード携帯の先を目指し、未来の情報端末のイメージを具現化する野心的なプロジェクトだったが、ちょうどその時期同じような構想のプロジェクトが方々で立ち上がったりして、彼らの事業としてはうまく回っていかなかった。アトキンソンは1995年にゼネラル・マジックをはなれた。

戦士の休息、平和な日々?

その後はどうしているのかな?と見ると、1997年にビル・アトキンソン・フォトグラフィ という会社を設立していて、何と高級風景写真を売っているという。思わずえ〜と言ってしまうが、 アトキンソンにとってこれが本気なのかどうかはわからない。とりあえずお金の心配のない身分 だと思うので、しばし風景写真を味わいながら戦士の休息といったところなのだろうか。 また時期を見て何かすごいソフトウエアを作ってくれ ることを望みたい。彼は今でもMACの神様なのだ。

(注1) バンドル

おもにソフトウエアをハードウエアにくっつけて込み込みで売る形式をバンドルと言っている。(エクスプローラをOSにバンドルするといった使い方もされる)ソフトウエア市場が成熟する以前の大昔はソフトウエアを別売しても誰も買わないので、当たり前のようにバンドルされていた。その後ソフトウエアが認知されると、むしろ別に売る方が高収益を見込めることがわかって、逆にアンバンドルが主流になった。しかし、近年になって、いわゆる1極化(一人勝ち)現象が顕著になり、とりあえず何はおいてもシェアを確保することが先決というマーケティング戦略がとられるようになりバンドルという形式が復活している。

(注2) ハイパーテキスト

テッド・ネルソンによって初めて提唱された情報処理方式で、現在のインターネットでの HTMLもハイパーテキストの一種であるが、ネットワーク上のどこへでもリンクをはることができ、蜘蛛の巣状に展開された情報といったイメージに近い。

(注3) ALTO

ゼロックスのパロアルト研究所がアメリカ全土から精鋭を集めて作り上げた未来コンピュータで、 アラン・ケイ のダイナブック構想が下敷きになっているといわれている。現在のグラフィカル・ユーザーインターフェイス(GUI)や、ローカルエリア・ネットワーク(LAN) などがすでに実装されていた。

参考文献および関連書籍の紹介
「メディアの考古学」 橋本典明 工業調査会 1993年2月  2580円
「パーソナルコンピュータを創ってきた人々」 脇英世著 ソフトバンク 1998年11月  1400円
インターネットソースの紹介
ビル・アトキンソン・フォトグラフィのページ(英文)(別ウィンドウ)
http://www.billatkinson.com/Homepage.pl
移行前のコメント
2006/7/28
はじめまして。86年のPlusからのMacユーザーです。
たまたまビル・アトキンソンで検索をしていたところ、このページにたどりつきました。コンピュータに関する人物の解説、たいへん興味深く拝見しています。
MacPaintの件ですが、MacPaintは、当初128kMacおよび512kMacにバンドルされていたと記憶しております。
日本に輸入されて売られていたものも、同じだったと思います。
その後Macのアプリケーションが増えてきたためか、Plusになってからはバンドルはされなくなり、ワタシの買ったのはちょうどそのPlusであったため、アプリケーションは何もついておらず少々残念に思った憶えがあります。
MacPaintが、別売りのアプリケーションとして売られたのは、アップルが自社ソフトを売る子会社としてのクラリスを設立し、MacPaintが2.0になってからです。
ご記憶のMacPaintが売りソフトとしてカタログに載っていた、というのは、このクラリス版の2.0のほうではないでしょうか。
同時期に、MacWriteとMacDrawもバージョンアップして、クラリスのアプリケーションとして販売されるようになっています。
ちなみに、このときのアップデートには、ビル・アトキンソンは関与していません。
ビル・アトキンソン自身は、最初に作ったMacPaintは、あくまでもMacアプリケーションの見本のようなもので、その後もずっと改良をしてゆきたいと思っていたようですがそれに関わることが出来ず、
「あれ(MacPaint)は見捨てられてしまった」
といった趣旨の発言をしているのを、どこかで読んだ記憶があります。
ハイパーカードは、そんなビル・アトキンソンの「さらなるMac用の、GUIを生かしたまったく新しいアプリ」といった意味合いがあった気がします。
MacPaint2.0は、最初のMacPaintにいくつか機能が加えられたもので、すでにより強力なグラフィックソフトが揃いつつあった当時にあってはいまひとつ新味に欠けるものでした。
そしてハイパーカードのほうは、これこそ「MacPaintの再来ともいえるような、以後のソフトの見本になるようなエポックメイキングな存在」という印象がありました。
ビル・アトキンソンは、MacPaintやハイパーカード以外にも、グラフィック系のちょっとしたツールのようなプログラムをごく初期のMac用に書いていたようで、彼の名前のクレジットのあるフリーのソフトが当時いくつか出回っていました。
(どうも80年代のパソコンのことを書くと、当時のことが思い出されて熱くなってしまいます(笑)。長文失礼。)
2003/11/05
蛇足に対するコメントで申し訳ありませんが、ちょっと補足。
Word/Excelは確かにWindows用より先にMac版が開発されました。しかしWordに限って言えばさらに前にDOS版が出ています。
http://excimer.hp.infoseek.co.jp/HP-History/index.htm
2003/08/12
85年からのマックファン。ペイントとライトはバンドルされていたと思います。ジャズ、マルチプラン、そしてエクセル。合弁企業のFSとか、マクロ使って大量の計算で見積もりを作りました。87年米国転勤で、ハイパーカードの分厚いマニュアル(読みやすかった)読破して、最近でも机上のマックで大活躍中です。そろそろ退職してマックを趣味の基地にしようかなと思っています。
筆者より: はい確かに。本文を書き換えました。
2002/09/16
ハイパーカードで有名なビル・アトキンソンですが、初代の"Finder"(Macintoshのシェルに相当)を作った事でも有名です。
また本ページに記されているように、マックペイントも彼の手によるものですが、ツールパレットのインターフェイスは Adobe の各ソフトにも影響を与え、"Finder"と共に現在の様々なプラットフォームの GUI アプリの操作感に決定的な影響を及ぼした事も彼の業績として特筆すべきと思います。
なお蛇足ですが Microsoft の Word と Excel は、初めは Mac 用が開発され、後に Windows に移植されたという経緯を持っています。

訂正:"Finder"はスティーブ・キャップスとブルース・ホーンの作ったものでした。
筆者より: 参考になりました。
2000/11/18
アトキンソンは、企画段階の時に、スカリーにハイパーカードの事を話したそうです。その時に「それが良い物だったらバンドルしてもいいし、君自身でパブリッシュしてもよいと思う。 君自身が心地よい状態でアップルに居続ける為には如何したら良いか考えてみなさい。」とスカリーはアトキンソンに話したそうです。ビルアトキンソンは、Hypert Cardを開発していた頃は無給で仕事をしていたそうです。「僕は完成されたソフトを作ったのではなく、物を作る為の道具を作っただけ」とアトキンソンは言っています。
2001/11/11
本文中に「1984年にマッキントッシュが売出されたとき、マックペイントはバンドル されていなかったようで、」とあります。私は1984年からmacを使っていますが、 当時は、バンドルされたマックペイントとマックライトしかソフトがなく、早くいろんな ソフトが出ればいいのになっと、願っていたことを思い出しました。つまり、この内容は 間違っているように思いますが、いかがなものでしょうか。
筆者:ご指摘の件、実はわたしも気になりながらも確かめられずに、ある参考文献にあっ た内容から記載しています。私はMACは購入しなかったのですが(高すぎて)、 日本では当時確かにマックペイントが売りのソフトとしてカタログに載ってい たような記憶があります。
筆者より: はい、確認しました。本文を訂正します。

 

 

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