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Daniel Bricklin
1951 -
表計算ソフト(スプレッド・シート)の発明者
ダニエル・ブルックリンは、いまは思い出す人もいないが、初めての表計算ソフト「ビジカルク」を発明した人である。そもそもコンピュータでスプレッド・シートを扱うという発想自体、彼の創意によるものである。したがって「発明した」という表現がこの場合適切である。
ダニエル・ブルックリンは1951年米国フィラデルフィアで生まれた。1961年にマサチューセッツ工科大学(MIT)に入学し、数学科からコンピュータ科学に移る。MACプロジェクトの一環として,コンピュータ科学研究所で設計などを行った。1973年MITを卒業してDECに入社,ワープロソフトWPS-8の開発リーダーとなった。
1977年ハーバードのビジネス・スクールに入学した。毎日実際のビジネスのシミュレーションを行う中,教授が与える数値が変わるたびに,一から再計算しなければならず,これらの決まりきった計算を自動的に行う電子黒板のようなものがあればビジネスの世界にも欲しがる人はいっぱいいるはずだと思った。ここで表計算の着想を得る。大学の大型コンピュータの上で,アップルIIを意識してBASICでスプレッドシートのプロトタイプを作った。
1979年大学時代の友人ボブ・フランクストンと二人でソフトウエア・アーツ社を設立して本格的に開発に着手した。製品をウエストコースト・コンピュータフェアや、ニューヨークのナショナル・コンピュータ・カンファレンスで発表したが,そのときは大した反響は無かった。その後、ベンジャミン・ローゼンが「ビジカルクはやがて,パーソナル・コンピュータという犬を振り回すソフトウエアの尾尻になるかもしれない」と彼の機関誌で言及したことでにわかに脚光を浴びる事になった。ローゼンは後にコンパックの出資で成功したベンチャー・キャピタリストである。1979年10月にビジカルク(Visi Calc)という名前で商品化して発売開始し(0) よく売れたのですぐ0に値上げしたらしい。このときは、ベンジャミン・ローゼンが予言したように,ビジカルクを使いたいためにアップルIIを買いに来るという現象が起こった。当初はアップルIIだけだったが,HPやTRS−80,コモドア,PET,アタリ800でもビジカルクが動くようになり,ちょうどIBMーPCが発売されるとビジカルクも月3万本の勢いで売れた。しかし,皮肉なことに、ベンジャミン・ローゼンが出資した後発のロータス1ー2ー3に、しばらくして市場を奪われてしまった。1985年ロータスはビジカルクを安い値段で買収した。
「ビジカルクを発明しても私は金持ちになれなかった。しかし,私は世界を変える事ができたと感じている。これは金では買うことのできない満足だ」
| 「コンピュータの英雄たち」 | ロバート・スレイター | 朝日新聞社 | 1992年7月 | 2300円 |
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| コンピュータ関連の人物紹介としては古典的な本で、ふつうは取り上げないような基礎的な仕事をした人コンラッド・ツーゼやジェイ・フォレスターなどていねいにとりあげているので非常に参考になる。 | ||||
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