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Larry Wall
1954 -
CGIでおなじみPerlの作者
広範なUNIX文化のなかではぐくまれ、昨年来大きな潮流となってきたオープン・ソース運動は リチャード・ストールマンのGNU(注1)に始まるといってよいが、Perlプロジェクトもオープン・ソース運動のなかで大きな位置を占めてきたといっていいだろう。オープン・ソース活動の功績に対して1998年10月マサチューセッツ工科大学において「Free Software Foundation Award」(注2)がラリー・ウォール氏に贈られた。
下でみるように、Perlのもともとの誕生理由がネットワーク・ログを解析して報告書をつくることにあったのを考えればわかるように、当初からPerlは強力なテキスト処理能力を持っていた。さらに正規表現との出会いはPerlを大きく方向付けし、今ではPerlと正規表現は切っても切れない関係にある。こうしたPerlの特化された言語能力は今ではWEBサイトの運営に欠くことのできないものになっている。ヤフーでは膨大な情報の検索、選別にPerlをフルに使っており、ちなみにそのプログラムを作っているのは「詳説 正規表現」を日本のオムロン社に勤めているときに書いたジェフリー・フリードルである。またアマゾンではWEBページを自動生成する強力なツールとしてPerlを使っている。
ラリー・ウォールが書いた「プログラミングPerl」(共著)にPerlの開発物語が載っているので要約のかたちで紹介したい。
「1986年当時米国ユニシス社に勤めていたラリー・ウォールは、あるネットワーク・プロジェクトのシステム・プログラマをしていた。彼の任務は西海岸に点在する3台のVaxマシンと3台のSunマシンをネットワークでむすぶことだった。そしてそのネットワークは1200ボーのシリアル回線で東海岸の同じ構成のネットワークと結ばれていた。ラリーの主な役目はあらゆる有効なツールを開発し、発展させることだった。そしてしばらくして上司から東海岸も含めた6x6台のネットワーク構成を管理する仕組みが必要だといわれた。西海岸と東海岸の両方の構成管理するシステムを、最初から作るのではなく今ある仕組みを利用してできないだろうか。ラリーは何がベストの方法か考えた。答えはあった。B-Newsシステムを両方にインストールして、同期させればいいんだ。そしてそれはうまく行った。上司はさらに報告書をつくるようにいった。 B-Newsのログファイルは西と東で別々に管理されていた。最初ラリーはawk(注3)を使ったらと考えたが、当時のawkのバージョンは複数のファイルの取り扱いがうまくできなかった。そこでラリーは自分で新しいツールを作ることにした。それがPerlの始まりだった。 彼のツールは高速で動いたので認められて社内でも使われるようになり、上司のすすめでヘンリー・スペンサーの正規表現(注4)のライブラリを取り入れて、さらに色々な人の注文を追加すると言語としての体裁が整ってきた。彼はそのPerlをネットワーク上に公開した。Perl( Practical Extraction and Report Language ) は現在では100人以上のオープン・ソース・プログラマによって保守がされている。」
ラリー・ウォール氏の経歴に関する情報はあまり入手できなかったが、カリフォルニア大学のロサンゼルス校とバークレー校で言語学を学んだあと、ユニシスに入社しPerlの原型を作った。その先はジェット推進研究所、ネットラブ社、シーゲイト社などでソフトウエア関連の仕事をしながらPerlの拡張をしていたらしい。そして1996年ティム・オライリーの誘いでオライリー社に入社した。社長のティム・オライリー氏はオープン・ソース運動の推進家としてしられており、オープン・ソース活動のバックアップや、コンファレンスの主催などを通しての啓蒙活動などを行っている。ラリー・ウォール氏は20年間ホンダのアコードに乗っている大の日本びいきで、合気道もならっているとのこと。1998年11月に開催されたパール・コンファレンスJapanのため初めて日本に来ている。
Perlはオライリー氏のバックアップのもと、いくつかの拡張開発が進んでいるらしい。すでにJavaとの連携はJPL(Java/Perl Lingo)として実現しているが、C++との連携も構想中である。また、UNICODE(注5)の取り扱いも検討中だが、現在の主要な関心はXML(注6)対応に向けられており、Perl言語でXMLパーサーを開発中とのこと。完成後はオープン・ソースとしてリリースされるはずだ。また、携帯情報端末PelmPilot用Perlがコミュニティ(オープンソース・プロジェクト)のなかで開発中で、ラリー氏自身もJini(注7)に関心を寄せている。
1983年リチャード・ストールマンによって始められたフリーなコンピュータ環境をつくろうというプロジェクト。現在ではこのプロジェクトの方針に基づくソフトウエアおよび運動の総称になっている。
1983年リチャード・ストールマンによって設立されたGNU構想に基づく"自由なソフトウエア"を支援する非営利団体
1977年ベル研究所のAlfred V. Aho, Peter J. Weinberger, Brian W. Kernighanの3人によって作られたデータ処理用の言語。(3人の頭文字を取って名付けられた)またGNUでつくられたgawkもある。
UNIXの世界で昔から使われているデータ処理上の表現規約で、複雑な検索条件などを簡単に表記できる。
マイクロソフトが音頭をとってISO10646として標準化された多国語対応された2バイト系コード体系でだが、漢字のコード付けなど問題もあり批判も多い。
タグを自由に設定できる拡張仕様をもつマークアップ言語。データ処理に向いているため、インターネットの世界で現在のHTMLの次にくるフレームとして期待されており、各社が競って対応中である。
サンマイクロシステムズが発表したリアルタイムOS仕様で、JAVAとセットにしてデジタル家電や情報ネットワーク端末の分野で本命視されている。
| 「プログラミングPerl」 | Larry Wall/Tom Christiansen/ Randal L.Schwartz著 近藤嘉雪訳 | オライリー・ジャパン | 1997年10月 | 4900円 |
|---|---|---|---|---|
| 「詳説 正規表現」 | Jeffrey E. F. Friedl著 歌代和正監訳 | オライリー・ジャパン | 1999年4月 | 4900円 |
| 日経オープンシステム1998年12月号 | 日経BP社 | 1999年12月 | 0円 | |
| 「Perl言語の生みの親、Larry Wall氏に聞く」 | ||||
| 日経バイト1999年2月号 | 日経BP社 | 1999年2月 | 0円 | |
| 「なぜYahoo!とAmazonはPerlを使うのか」 | ||||
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