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リチャード・ストールマン

Richard M. Stallman

1953 -

ソフトはフリーであるべきだ:GNUプロジェクトの創設者(読者リクエスト)

1999/06/21 掲載

オープンソースの使用許諾書:GNU General Public License

GNUソフトウエアはいわゆるパブリックメインソフトではない。ちゃんと著作権を留保していて、 再配布にあたってはGNU一般公有使用許諾書に同意しなければならない。 とは言ってもこのライセンスは 普通のライセンスとはひと味違う のである。世間一般のライセンスというと、その著作権をもとに所有権を主張し、使用にあたっての金銭的対価を要求する内容になっているのに対し、 GNU GPLはまったくその反対の要求をする。つまり、ソースコードを自由に入手し、修正をすることができることを保証するばかりでなく、それに加えて、 その修正したコードも必ず自由に他の人が入手できるようにしなければならない、としているのである。ストールマンの設定したこのユニークなライセンス体系によって、ひとたびGNUライセンスで世に出たソフトは、その孫曾孫まで 連綿とオープン・ソースの血統が受け継がれることになるのである。 リーナス・トーバルズのLinuxもこのGNU ライセンスによって公開されている。このライセンス体系にはストールマンの尋常ではないこだわりが埋め込まれている。

筋金入りのハッカー

リチャード・ストールマンは1953年に米国ニューヨーク州マンハッタンで生まれた。ハイスクールの頃からコンピュータに熱中し、ハーバード大学では物理学を専攻した。ストールマンはハーバード大学時代の思い出を次のように語っている。

「ハーバードのコンピュータ研究所にはソースが公開されていないプログラムは、何であろうとシステムにインストールすることができないという方針があり、守られてきたが、実際にいくつかのプログラムのインストールを拒否することがあった。 私は非常にこれに感銘を受けた 」
「GNU Emacs19マニュアル」所載のGNU宣言より

その後ハーバード時代から潜り込んでいたMITから認められて1971年からMITの人工知能研究所にシステムプログラマとして職を得る。この頃からストールマンはソフトウエアはフリー(自由)であるべきだ、ということをかなり過激に考えるようになったようだ。そのための理論的なバックボーンと、実践的な仕掛けを徐々に作り上げていく。彼の作ったスクリーン・エディタEmacsは誰にでも無償で配布され学内で広くつかわれたが、ひとつだけ条件があった。ソースコードを改良したら必ずストールマンに知らせるというものだった。これはGNUライセンスの原型となった。(蛇足だが、このEmacsエディタは後に ジェームス・ゴスリン によってCで書き換えられUNIXの世界でさらに広いユーザーを獲得した)

居心地がよかったMITのAIラボもセキュリティ対策の強化などで昔のように自由でなくなり、ストールマンはパスワードのハッキングなどで抵抗したが、時代の流れがまさった。1977年のアップルII、1981年IBMPCと時代はパソコンとともにコンピュータの大衆化へ動き、それにともなってソフトウエアをビジネスにすることが可能になった。著作権は厳しく管理され、ソフトウエアは高めに設定された値段で取り引きされるようになった。ソフトウエア長者も多数生まれた。多くの人はコンピュータが個人で所有できることに素直に熱狂したが、ストールマンにとっては冬の時代だったのだろうか。1983年彼はMITを去り、自分自身の道を歩みだした。

Free Software Foundation(FSF)

ストールマンはもともとフリーだったUNIXが商用ソフトウエアの興隆とともに、コンピュータメーカーの私有財産になり汎用機のソフトとさして変わらない値段がつけられたことを苦々しく感じていたのではないか。学生時代ほとんどの人がUNIXに親しんだのに、もうとても個人では手がだせないソフトウエアになってしまっていた。ストールマンは1983年フリー・ソフトウエア・ファウンデーションという非営利団体を作った。目的はUNIXの最良の部分を作り直して、それを全部ソフトウエアのコピー代程度で手に入れられるようにしようということである。同時にそのソフトウエアをつくるために GNUプロジェクトを立ち上げたのだった。

GNU宣言

GNUはグヌーと発音し、Gnu's Not Unix(ヌーはユニックスじゃない)の略だそうだが、そもそもGnu(ヌー)とは大型の羊の一種で、Linuxのペンギンのように GNUプロジェクトのマスコット・シンボルになっている。1983年「Byte」誌の10月号にGNU Manifestoは発表された。この宣言にはストールマンの思いが比較的率直に表現されている。

「GNUが完成すると、誰でも空気のように、優れたシュステムソフトウエアを無料で手に入れることができる」
「GNU Emacs19マニュアル」所載のGNU宣言より
「最後に、誰がシステムソフトウエアを所有しているか、またそれを使って行う資格があるか、あるいは何を行ってはいけないのかについて一切を考慮する必要がなくなる」
「GNU Emacs19マニュアル」所載のGNU宣言より
「プログラムの残部または一部をコピーすることはプログラマには呼吸すると同じくらい、そして生産するのと同じくらい自然である。それはフリーであるべきである」
「GNU Emacs19マニュアル」所載のGNU宣言より

日はあたり出した

こうした方針で作られたGNUソフトウエアは、Cコンパイラや、すべてのシェル、エディタなどUNIXの周辺ソフトウエアのほとんどをカバーするまでになった。そしてこれにLinuxオペレーティング・システムを加えると、ストールマンの意図するGNU世界がほぼできつつあるのがわかる。時代はまたストールマンに日があたる方向に動いたのだ。しかし今度は、オープン・ソース運動が商業ソフトウエアを駆逐するのではなく、共存するかたちで進展することになるはずだ。それほどコンピュータは普及した。こうしたことを過激なストールマンが最終的に受け入れられるかどうかはわからない。いずれにせよオープン・ソース運動の中心にかれが座っていることだけは間違いない。

参考文献および関連書籍の紹介
「ハッカーズ」 スティーブン・レビー著 古橋芳恵/松田信子訳 工学社 1987年3月  2575円
リチャード・ストールマン「オープン・ソースの推進役:GNUプロジェクトの創設者」
となっていますが、彼は「フリーソフトウェア」の推進役であり「オープンソース」運動とは距離を置いています。本人の様々なインタビューを読めばわかるように、「オープンソース」を賛美する発言はなく、「フリーソフトウェア」という言葉を使っています。(オープンソース運動批判もしていたと思いますがURLを失念しました。)
GNU Emacs19 マニュアル リチャード・M・ストールマン アジソン・ウェスレイ・パブリッシャーズ・ジャパン 1997年10月  4300円
「コンピュータ偉人伝」を拝見いたしました。どのページも良くまとまっててすばらしいのですが、残念ながらリチャード・ストールマンのページのGNU GPLの解説の冒頭にミスがあるようです。

「フリードメインソフト」 -> 「パブリックドメインソフト」
「使用にあたっては」 -> 「再配布にあたっては」

特に2番目については、『ソフトウェアをコンピュータ上で「使用する」のは、何時いかなる場合でも個人の自由である』というストールマン氏の思想が誤解されてしまうのではないか、と危惧しております。大前提である「個人の自由」の部分は、日本はもとより米国でさえ、ともすれば忘れられがちな部分です。しかも、昨今様々な場所で日本流の著作権と米国流のCopyright(複製権)の違いが議論されておりますように、日本でのGPLの理解/適用はなかなかに難しい問題です。貴殿のページは、GNU もしくは GPL になじみの無い方々にも沢山読まれているのではないかと思い、大変失礼ながらご指摘させていただきました。

これからもますますのご活躍をお祈りいたします。
オープンソース・ムーブメントの急先鋒ストールマンが「フリー」を語る 月刊アスキー 1999年4月  0円
インターネットソースの紹介
2004/03/08(別ウィンドウ)
http://www.stallman.org/
リチャード・ストールマン「オープン・ソースの推進役:GNUプロジェクトの創設者」
となっていますが、彼は「フリーソフトウェア」の推進役であり「オープンソース」運動とは距離を置いています。本人の様々なインタビューを読めばわかるように、「オープンソース」を賛美する発言はなく、「フリーソフトウェア」という言葉を使っています。(オープンソース運動批判もしていたと思いますがURLを失念しました。)
2004/02/09(別ウィンドウ)
http://www.gnu.org/
「コンピュータ偉人伝」を拝見いたしました。どのページも良くまとまっててすばらしいのですが、残念ながらリチャード・ストールマンのページのGNU GPLの解説の冒頭にミスがあるようです。

「フリードメインソフト」 -> 「パブリックドメインソフト」
「使用にあたっては」 -> 「再配布にあたっては」

特に2番目については、『ソフトウェアをコンピュータ上で「使用する」のは、何時いかなる場合でも個人の自由である』というストールマン氏の思想が誤解されてしまうのではないか、と危惧しております。大前提である「個人の自由」の部分は、日本はもとより米国でさえ、ともすれば忘れられがちな部分です。しかも、昨今様々な場所で日本流の著作権と米国流のCopyright(複製権)の違いが議論されておりますように、日本でのGPLの理解/適用はなかなかに難しい問題です。貴殿のページは、GNU もしくは GPL になじみの無い方々にも沢山読まれているのではないかと思い、大変失礼ながらご指摘させていただきました。

これからもますますのご活躍をお祈りいたします。
フリーソフトウエア・ファウンデーション(別ウィンドウ)
http://www.fsf.org/
移行前のコメント
2004/03/08
リチャード・ストールマン「オープン・ソースの推進役:GNUプロジェクトの創設者」
となっていますが、彼は「フリーソフトウェア」の推進役であり「オープンソース」運動とは距離を置いています。本人の様々なインタビューを読めばわかるように、「オープンソース」を賛美する発言はなく、「フリーソフトウェア」という言葉を使っています。(オープンソース運動批判もしていたと思いますがURLを失念しました。)
筆者より: この原稿をかいた5年前はオープン・ソースという言葉がもっと広い意味で使われていたのですが、たしかに今は誤解をあたえる表現かもしれません。ちょっと時間をください、別の表現を考えてみます。
2004/02/09
「コンピュータ偉人伝」を拝見いたしました。どのページも良くまとまっててすばらしいのですが、残念ながらリチャード・ストールマンのページのGNU GPLの解説の冒頭にミスがあるようです。

「フリードメインソフト」 -> 「パブリックドメインソフト」
「使用にあたっては」 -> 「再配布にあたっては」

特に2番目については、『ソフトウェアをコンピュータ上で「使用する」のは、何時いかなる場合でも個人の自由である』というストールマン氏の思想が誤解されてしまうのではないか、と危惧しております。大前提である「個人の自由」の部分は、日本はもとより米国でさえ、ともすれば忘れられがちな部分です。しかも、昨今様々な場所で日本流の著作権と米国流のCopyright(複製権)の違いが議論されておりますように、日本でのGPLの理解/適用はなかなかに難しい問題です。貴殿のページは、GNU もしくは GPL になじみの無い方々にも沢山読まれているのではないかと思い、大変失礼ながらご指摘させていただきました。

これからもますますのご活躍をお祈りいたします。
筆者より: ご指摘ありがとうございます。たしかに不用意な言葉で意味が違ってしまいますね。早速なおさせていただきました。

 

 

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