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エリック・オールマン

Eric Allman

1955 -

インターネットの標準メールサーバー:sendMailの作者

1999/12/06 掲載

オープン・ソース・プロジェクトの草分け

エリック・オールマンの作ったsendmailはバークレイ版UNIXの一部として1979年に公開された。当時はまだdelivermailと言われていたらしい。その当時バークレイ校はインターネットの前身であるARPAnet(注1)に接続していた。 多くの研究者が情報交換のためARPAnetに接続したがっていた ので、彼らの要望に応える形でメールを転送するプログラムを作ったのだった。後にメール転送プロトコルとしてSMTP(注2)が発表されると、オールマンはそれに準拠するように拡張し、delivermailは sendmail となった。その後Sendmailは今でいうオープン・ソース・プロジェクトを形成し、多くのボランティアがsendmailの機能拡張、テスト、バグフィックスにかかわってきた。現在ではUNIX系サーバーのほとんどでsendmailは活躍しており、実数の把握は正確にはされていないが、ある推定では100万を越えるサイトで利用されていると言われている。

バザール方式のコミュニティ

インターネットの創生期の主要ソフトが、大学などの研究機関ではぐくまれたのは我々にとって幸いだった。すべての情報が公開され、しかも只だった。OSをはじめ、 DNSサーバー、WWWサーバー、メールサーバー、エディタなど基本ソフトウエアが全てオープン・ソースとして公開されていた。こうしたことがインターネットの爆発的な普及の第一要因であることは、すでに多くの識者が指摘している。(UNIXはその後企業に独占され不幸な歴史を歩むが、その代わりLinuxが登場した) sendmailのコミュニティは現在も活動を続けている。

バークレー版UNIXの制作に参加

エリック・オールマンは、1955年に米国カリフォルニア州で生まれた。カリフォルニア大学バークレイ校で電気工学とコンピュータ科学を学び、1977年に卒業した。そのまま大学院に残り、1980年コンピュータ科学で修士号を取得している。彼が過ごした1973年から1980年は、バークレイ版UNIXが作られる時期と一致している。バークレイ校にUNIXが導入されたのが1974年、 ビル・ジョイがバークレイに来たのが1975年で、同じ時期UNIXの作者である ケン・トンプソンもバークレイにきてUNIXの導入を手伝っている。コンピュータ科学を学んでいたオールマンも在学中バークレー版UNIXの開発に参加しsyslog、tsetなどを作った。 Sendmailもそのときバークレイ版UNIXの機能の一部として作られたものだった。またオールマンは、同じようにバークレイ版UNIXに添付されたデータベースINGRESの開発の主要プログラマだった。

オールマンは大学院を修了すると1981年ブライトン・リー社に入り、1988年まででクライアント・サーバー型のデータベースシステム設計を行った。その後も数社でソフトウエア・エンジニアとして働いたが、裏でコミュニティと一緒にづっと続けていたsendmailの保守作業も大変になり、1997年グレグ・オルソンをCEOに迎えてセンドメール社を設立した。エリック・オールマン自身はCTO兼技術担当副社長の職についた。

2つの顔をもつビジネス・モデル

オールマンは、昔バークレイ版UNIXに絡んでいたときの仲間ビル・ジョイやサン・マイクロシステムズの共同設立者のアンディ・ベヒトルシャイム、オープン・ソース運動の一方の推進役ティム・オライリーなどから総額100万ドルの資金を集めセンドメール社を設立した。せっかくのオープン・ソースsendmailを商品にしてしまうのか、と批判もかなりあったが、商用sendmailと今まで通りのオープン・ソースsendmailの2本立てを考えているようだ。このモデルがうまくいくのかどうかは、もうちょっと時間がたってみないとわからない。

オープン・ソースのゆくえ

オープン・ソースにかかわっている人たちの、その考え方を見ると実に千差万別だ。最左翼は リチャード・ストールマンの、オープン・ソース運動をビジネスとははっきり一線を引く考えで、逆に最右翼はティム・オライリーなどの、積極的にビジネス展開しようとする考えだろう。リーナス・トーバルズなどは中間的な位置にいるのだろうか。いずれにしろ思想的な議論に金銭的な側面が加わると誰でも過激な発言になってくるので、議論は飽きるほど十分にやってほしいが、 せっかく芽を出した大樹が枯れないように祈りたい。

(注1)ARPAnet

米国国防総省の付属機関である高等研究計画局(Advanced Research Project Agency)の資金で開発されたのでARPAnetと呼ばれる。1960年代から70年代にかけて米国はソ連との軍事科学技術競争を優位に進めるため、莫大な資金を全国の大学、研究機関の先端技術研究に供給した。ARPAnetはその中の1つのプロジェクトだった。その頃考案されたばかりのパケット交換技術をつかった新方式のコンピュータ・ネットワークだった。1969年最初のノードがカリフォルニア大学ロサンゼルス校に設置され、すぐにスタンフォード大学、カリフォルニア大学サンタバーバラ校、ユタ大学がそれぞれノードとして結ばれた。 この最初に結ばれた4つのノードを流れるパケットはインターネットの産声となったのだった。

(注2)SMTP

単純メール転送プロトコル(Simple Mail Transfer Protocol)は1982年ジョナサン・ポスタル によってRFC821としてまとめられたメールを確実かつ迅速に転送するためのネットワーク規約である。

参考文献および関連書籍の紹介
コンピュータ産業を揺るがすオープン・ソース革命 日経BP社 1999年2月  0円
日経バイト1999年2月号
ティム・オライリー 日経バイト編集部訳
「インターネット ヒストリー」 Neil Randall著 田中りゅう/村井佳世子訳 村井純監訳 オライリー・ジャパン 1999年6月  2300円
「Life with UNIX」 Don Libs & Sandy Ressler アスキー出版局 1990年7月  3000円
「伽藍とバザール」 エリック・スティーブン・レイモンド著 山形浩生訳 光芒社 1999年9月  1800円
オープンソース・ソフトLinuxマニフェスト
バイトレポート オープン・ソースの立て役者EricAllman氏に聞く 日経BP社 1998年7月  0円
日経バイト1999年7月号
インターネットソースの紹介
センドメール社(別ウィンドウ)
http://www.sendmail.com/

 

 

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