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Murai Jun
1955 -
日本インターネットの開拓者
村井純はNTTが電電公社と言われていた時代にJUNETを立ち上げ、苦労して日本のインターネットのいしずえを築いた。どの分野でもジャングルに最初に道を切り開く人はたいへんな苦労をするものだが、それを支えるのは使命感と楽天性だろう。
むかしの日本の通信事業は電電公社の独占で、法律の厚い壁に守られた。自分の会社でも道路一つ隔てているとLANを張ることができなかったり、本社経由の支店間メッセージ伝送が御法度だったり、今では信じられない法律があった。
「一九八五年四月に電電公社が民営化されてNTTになるまでは、一般の回線を電話以外の目的で使うことは、ハードルが高くて普通の人にはとてもできませんでした。正式には認可が必要でしたし、それはたいへんな手間と出費がかかりそうでした。たとえば三〇〇bpsの(いまから見ればおもちゃのような)モデムで、電話回線を使ってどことどこをつなぐということの正式認可を得るために、書類を出して、機器をそろえてとなると、何百万円かは覚悟しなければなりません。しかも、電電公社との、何段階ものネゴシエーションのために足しげく通わなければだめだとか、そんな状態だったと思います」
こうした時代に村井純はコンピュータ・ネットワークを熱心に広めた。そして、ついにアメリカと接続し、日本にインターネット時代をもたらしたのだった。
村井純は1955年日本国の東京で生まれた。1979年慶應義塾大学工学部数理学科を卒業し、大学院へ進んだ。1984年数理工学博士課程を修了し、東京工業大学総合情報センターの助手になった。1987年工学博士号を取得した。東京大学大型計算機センターの助手を経て1990年母校慶應大学の環境情報学部助教授にむかえられた。現在は同学部の教授をしている。JPNIC(注1)の理事長も勤める。
村井純は電電公社の民営化を見越して、1984年にJUNET(Japan University Network)を設立した。日本の大学の間を結ぶ電話回線を利用したネットワークで、当初はUUCPプロトコル(注2)を採用していた(後にTCP/IPに切り替えられた)。東京工業大学と慶應大学を皮切りに、東大とつないだのが始まりだった。村井純は事前に郵政省に聞きに行った。電気通信事業法に触れているのではとの危惧があったからだ。郵政省からは「不特定多数には使わない、ビジネスには使わない、音声は乗せない」という条件を非公式に引き出し、それにそった形ではじめた。
「こうして、東工大と慶應をまずつないで、さらに東大とも接続することでスタートしてみると、研究の発表の場などで話題になって、つなげたいとうい希望が続々と出てきた。希望があれば、どこへでも行って接続してしまう。われながら、あの当時の気力と体力に関心してしまう。初めはもう、それが嬉しくてしかたがなかった」
こうしてどんどんつなげていき、1986年にはアメリカのUSENET(注3)との接続に成功したのだった。
アメリカとつないでみると日本語の問題が表面化した。アメリカは7ビットのASCII伝送の世界で、当時はOSのUNIXも日本語は扱えなかった。ここに漢字を潜り込ませるのは大変なことで、日本人だけで議論しても始まらない。村井純たちはアメリカに出向きバークレー版UNIXを作った ビル・ジョイ のグループや、UNIXの本家本元AT&T デニス・リッチー やケン・トンプソン 等と議論をたたかわせたらしい。英語圏の人には漢字の必要性なんてそもそも念頭にないので、村井純も苦労したようだ。
「この点は、日本人が頑張らなければだめだったと思います。アメリカ人とヨーロッパ人が集まって国際会議で議論しているとき、「ちょっと待て」と言わないとだめで、それを日本人は厳しくやりました。そのときの使命感はみんな強烈でした」
村井純たちの努力により、後にUNIXはマルチバイトが取り扱えるEUCコード体系(注4)をもつようになり、ネットワークはISO2022-JP(7ビットJIS漢字コード)(注5)が使えるようになった。
あとは自由に配布できる漢字フォントをつくることだった。最初は約六千の漢字を100の大学に分けて作ってもらう案があったが、当時東工大の学生だった橘浩志氏がフォント作成ツールの実験をかねて1人で6000字すべてを作ってしまった。また、ついでに彼は仮名漢字変換用の辞書もつくった。このK14漢字フォントはネットワークで配布された。
アメリカとつないでから、もう一つ問題になったのが国際電話料金だった。とても普通に払える金額でないので、村井純はKDDと共同の実験プロジェクトを起こしたり、カーネギーメロン大学から資金をもらえるようにしたり、Iネットクラブという料金徴収の窓口をつくったり工夫していた。ただ従量課金方式はインターネットでは問題があり、一時期は文部省の学術情報センターの専用線に相乗りさせてもらったりした。しかし、やはり自前の専用線をぜひ導入したいということで、1988年にWIDE(Widely Integrated Distributed Environment)プロジェクトを発足させた。まず東大と東工大間に専用線を引き、その後慶應大学、岩波書店に接続し、岩波から国際線に乗り入れることにした。そして1989年になってNASA(アメリカ航空宇宙局)と半分ずつ出資し、ハワイ大学との共同プロジェクトという形にして専用線でのアメリカとの接続が実現したのだった。これが日本のインターネットに発展していくことになる。
1980年代後半から始まったパソコン通信もインターネットに目を向けはじめ、1992年にWIDEはNifty-Serve、PC-VANとの接続実験を開始し、1993年には相互に電子メールを送れるようになった。そして1994年頃からパソコン通信はインターネットにつながるサービスを提供するようになった。
インターネットの包括的な課題を取り扱うインターネット協会(ISOC) (注6)の設立には、村井純を中心にした日本の関係者が大きな役割を果たし、第一回ISOC総会は1992年に日本の神戸で行われた。村井純は早くからコミュニケーションの道具としてのインターネットに注目して共通のルール作りを熱心に説いている。新しいモラルやエチケットは人々の中から自然にできあがっていかなければならない、と言うのである。
「このような意味で、早い時期から一人ひとりが早くから体験し、社会としては長い時間をかけて、新しいルールを共有していくことが必要です。幼児英才教育などといった文脈からではなく、できるだけ早いうちにできるだけ多くの人が、コンピュータそしてインターネットと出会うことができるように努力しなければならないのではないかと考えています」
1991年に設立された「社団法人日本ネットワークインフォメーションセンター」 JaPan Network Information Centerの略記で、日本におけるインターネットの IPアドレスの割付を行っている総元締めである。IPアドレスは重複すると大変なことになるので、 JPNICが一括して採番しているわけだ。同様の組織としてアメリカにはInterNICがある。
Unix to Unix CoPyの略で、UNIXマシンどうしを接続する方法として当時一般的だった。
1979年米国デューク大学のトム・トラスコットとノースカロライナ大学の スティーブ・ベロバン とが、両大学をUUCPで接続したのが始まりで、UNIXコミュニティの間にすぐに広まり、 USENETとなった。
Extended Unix Codeの略でISO2022-1993に規格化されている。漢字だけでなく、多国語が扱えるようにデザインされており、1991年に最初に標準化された。現在のUNIX-OSの内部コードに使われている。
7ビットの世界で漢字コードを伝送できるよう考えたコード仕様で、JISの7ビット漢字コード体系(JIS X 0202)とほぼ対応する。1993年に村井純自身が書いたRFC1468がある。現在も日本語Eメールの送受信コードとして、標準となっている。
Internet SOCietyの略。インターネット関連の6000人以上の専門家と、150以上の機関が集まった非営利団体で、インターネット全般の課題、問題の解決にむけてリーダーシップをとることを目的としている。
| 「インターネット」 | 村井純著 | 岩波書店(岩波新書) | 1995年11月 | 660円 |
|---|---|---|---|---|
| 「インターネットII」 | 村井純著 | 岩波書店(岩波新書) | 1998年7月 | 660円 |
| 次世代への扉 | ||||
| 「インターネット「宣言」」 | 村井純著 | 講談社 | 1995年2月 | 1100円 |
| 急膨張する超モンスターネットワーク インターネットがよくわかる入門書。 | ||||
| 「インターネット ヒストリー」 | Neil Randall著 田中りゅう/村井佳世子訳 村井純監訳 | オライリー・ジャパン | 1999年6月 | 2300円 |
| オープンソース革命の起源 | ||||
| パソコン革命の旗手たち | 日本経済新聞 | 1999年10月 | 0円 | |
| 日経新聞1999/10/13夕刊 | ||||
| 「日本語情報処理」 | Ken Lunde著 春遍雀来/鈴木武生訳 | ソフトバンク | 1995年8月 | 4700円 |
| 「パソコンにおける日本語処理/文字コードハンドブック」 | 川俣晶著 | 技術評論社 | 1999年6月 | 2480円 |
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