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Theodor Holm Nelson
1937 -
ハイパーテキストの考案者
テッド・ネルソンはライフワークとなっている Xanaduザナドゥ を解説した「リテラリー・マシンズ」を出版したとき、彼の本を ダグラス・エンゲルバート に捧げた。ネルソンは、ワードプロセッシングやアウトライン・プロセッシング、ウインドウ・システム、マウス、テキスト・リンクなどをエンゲルバートの功績としてたたえた。 ヴァネバー・ブッシュとダグラス・エンゲルバートに大きな影響をうけたネルソンは、彼らと同じ目標を持ちながら彼独自の道を進んだのだった。それが40年間延々と続く未完のプロジェクト、ザナドゥである。
ザナドゥとは聞き慣れない言葉だが、ネルソンの説明によると、イギリスの詩人コールリッジ の未完の詩(モンゴルの騎馬民族の王フビライを題材にした詩)の中に宮殿の名としてザナドゥが出てくるらしい。彼にとっては十分に神秘的で、世界中の情報を電子化して入れておくための、彼の構想を実現するための場所の名前としてふさわしいと思われた。
テッド・ネルソンは1937年米国で生まれた。彼の父は「ソルジャー・ブルー」で知られる映画監督ラルフ・ネルソンで、母は女優セレスト・ホルムという、映画好きの人にはよだれが出そうな恵まれた環境でそだった。1955年ペンシルバニア州スワースモア大学に入学し哲学を専攻した。1959年卒業するとハーバード大学大学院の社会学修士課程にすすみ、1963年修士号を取得した。本当は博士号をねらっていたらしいが数学が苦手で断念したらしい。ハーバード時代にコンピュータに接した。
ヴァネバー・ブッシュの「われわれが思考するごとく」という論文に触発されてネルソンのライフワークが始まった。ここでそのブッシュの論文を少しみておこう。第二次世界大戦中、米国ではたくさんの科学者が軍事研究にかり出されたが、ブッシュは科学研究開発局長として科学者たちをまとめる立場にあった。この論文は大戦が終わった直後の1945年7月に発表されたもので、これから科学者たちはどの方面に研究をしていったらよいのかの示唆を与えるために書かれた。そこには、まさにテッド・ネルソンの気持ちを代弁する記述があったのである。
「しかし、情報選択という問題の核心は、図書館で機械の導入が遅れていることとか、図書館で利用できる装置の開発がおこなわれていないということよりも、さらに根源的なレベルにあるのだ。われわれが記録を入手するときに使う不自然な索引システムが、大半の愚行の元凶なのである」
ブッシュはこれを解決するアイデアとして「メメックスmemex」というシステムを仮想した。
「索引でなく、連想による選択を機械化できるかもしれない。 .....中略.....連想索引法の基本的なアイデアは、どんな事項からでも他の望みの事項を、瞬時かつ自動的に選択するようにできる、という点にある。重要なのは二つの事項を結びつける過程なのだ」
このブッシュの言う「二つの事項を結びつける過程」こそネルソンの唱えるハイパーテキストであり、その発展型としてのザナドゥなのである。1963年ネルソンは「ハイパーテキスト」という言葉を作った。1967年「ザナドゥ」を提唱した。
大学院卒業後は、イルカの研究をしたり、ニューヨーク州ポーキープシにあるバッサー大学で社会学を教えたり、軍のテキスト・システム開発に参加したり、ブラウン大学のテキスト・プロジェクトに首をつっこんだり、あちこち転々とした様子がうかがえる。この時期は彼の構想をバックアップしてくれるスポンサー探しの時期だったのだろうか。1973年イリノイ大学に職をみつけた。ここもあまり長続きしなかったが、この時期1974年に「コンピュータ・リブ」という本を自費出版した。これはウーマン・リブをもじった題名らしいが、彼の自説を述べた過激な内容のようだ。彼は自費出版が好きなのか、主義としてやっているのかわからないが1977年の「ホーム・コンピュータ革命」も、1981年の「リテラリー・マシンズ」もいずれも自費出版で世に出している(ただし後にみな商業出版されている)。
最初彼の構想していた内容のたぶん半分くらいはインターネットが普及したことで実現されてしまった。そのため、ザナドゥの内容も時代に合わせて変化してきているのだと思う。現在のザナドゥは2つの部分からなる。1つは電子出版システム、もう1つはデータ保管システムである。ネルソンの意図は、とにかく全ての出版物を電子化してサーバー(人工衛星も含む)に格納し、さらに格納されたデータは互いにハイパーテキスト・リンクがあらゆる方向に張り巡らされる。そして人々はどこからでも好きなように情報にアクセスできる。さらにリンクをたどる際に自動的に著作権料がカウントされるので、引用は自由になる、といったものらしい。著作権料がどうと言う箇所は何となく違和感があるので、たぶん後から付け足されたものだろう。最初の構想はデータ保管システムにあると思う。ともかく、実際に構想されているシステムはかなり複雑かつ大規模で一朝一夕に実現できるとも思えない。ただ、彼の抱えている問題意識は非常に重要なので、ここではネルソンのその辺の言葉を拾ってみたい。
「しかし、連続性は必要ではない。思索の構造自体、連続ではない。アイデアがからみ合ったシステムだ(中略)。アイデアというものは、必ずしもどれが先でどれが後と決まっているものではない。それに、アイデアを表現するためにひとつながりの列にする作業は、任意性が多く複雑なプロセスである」
「分類や階層の形而上学的な価値(そんなものが存在するとしたら)を否定しているのではない。分類や階層を信じないことが<情報システム構築のための優れた方向>を暗示しているのだ。普遍の分類システムや、不動の階層を期待することの誤りに気がつけば、情報システムの役割が変化し続ける分類や階層、その他の配置をすべて<共存させながら>処理することにあるとわかるだろう」
「一番難しいのは、どうすれば読者を心地よく保ち、自分がどこにいるかを見失わせないようにするかという問題である」
彼自身ザナドゥ・プロジェクトは1960年から始まったと言っている。まだ学生時代だが、たぶんこの頃ブッシュの論文に触発されたのだと思う。40年間1つの主題に向き合っているのはまことに驚嘆するが、その永い対面はある種の日常性を生み出すのだろう。たぶんネルソンにとってザナドゥが未完であることの方が彼の活力を生むのだと思う。1998年時点の近況は、慶応大学湘南藤沢キャンパスにある環境情報学部の客員教授、英国サザンプトン大学のマルチメディア客員教授をしているとのこと。1999年8月ネルソンはザナドゥのソースコードを公開すると発表した。それでも、完成しているのはごく一部らしい。今年62歳、ネルソンはまだ走り続けている。
| 「リテラリーマシン」 | テッド・ネルソン著 ハイテクノロジー・コミュニケーションズ訳 竹内郁雄/斎藤康己監訳 | アスキー | 1994年10月 | 2800円 |
|---|---|---|---|---|
| ハイパーテキスト原論 | ||||
| 「思想としてのパソコン」 | 西垣通編著訳 | NTT出版 | 1997年5月 | 3300円 |
| 「思考のための道具」 | ハワード・ラインゴールド | パーソナルメディア | 1987年12月 | 1854円 |
| これも今となっては古典的な本で、コンピュータの歴史を思考という側面からみたもの、バベッジからネルソンまで多彩な顔ぶれを知ることができる。 | ||||
| 「メディアの考古学」 | 橋本典明 | 工業調査会 | 1993年2月 | 2580円 |
| 「パーソナルコンピュータを創ってきた人々」 | 脇英世著 | ソフトバンク | 1998年11月 | 1400円 |
| 「ホームコンピュータ革命」 | テッド・ネルソン著 西順一郎訳 | ソーテック社 | 1980年5月 | 1000円 |
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