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Vinton Gray Cerf
1943 -
インターネットのプロトコル:TCP/IPの共同設計者
ロバート・カーンとともにTCP/IPを設計したヴィント・サーフはよく「インターネットの父」と呼ばれる。むろん本人はそんなことを主張するつもりはないのだが。実際のところ、インターネットの創生期に重要な貢献した人は、ポール・バラン、J・C・R・リックライダー、 ロバート・テイラー 、ラリー・ロバーツその他数多く、誰か一人を代表させろと言ってもできない相談だ。しかし、TCP/IPという通信方式が、コンピュータ間の接続を格段に容易にし、ネットワーク時代、つまりインターネットの時代を導いたのも、また確かなのだ。
プロトコルという言葉は今ではごく当たり前にコンピュータの世界で使われているが、一般には外交上の儀礼をいう言葉で、この言葉がコンピュータ通信に用いられるようになったのは、インターネットの誕生と同じ時期である。インターネットの前身ARPAnetの通信プロトコルは最初NCP(Network Control Protocol)だったが、厳密な同期方式でパケットを交換していた。
「当時のARPAnetでは、パケットを1個送ると、相手先から次のパケットを送るよう要求を受け取るまでは次のパケットを送信することができませんでした。ARPAnet全体で一度に送信できるのは、2台のホスト間でパケット1個だけだったのです」
これは、ネットワークにつながるコンピュータの数が増えるにつれ効率が極端に落ちる問題をかかえていた。むろんその対策が急がれていた。
「基本的な対策として、アドレシングやルーティングなどの仕事をホストから取り上げて、代わりにこれをプロトコルに任せることになった。こうしておけば、個々のマシンはネット上にある他のマシンの多種多様な仕様を理解できるようなプログラムを備えている必要はなく、ただプロトコルを理解できさえすればよい。プロトコルは、ある意味で共有のバッファゾーンと翻訳機能を提供する物だ」
このようにして、アドレシングやルーティングなど核心部分をプロトコルに包み込むアイデアと、プロトコルの上に別のプロトコルを乗せるという階層的プロトコルのアイデアが採用されTCP/IPが誕生した。TCP/IPは間にスラッシュ"/"が入っているのでわかるようにTCP(注1)とIP(注2)という2つのプロトコルからなっている(実際には他にいくつかのサブプロトコルが含まれる)。
ヴィント・サーフは1943年にアメリカで生まれた。1961年にスタンフォード大学に入学し数学を専攻、1965年に卒業した。卒業すると、IBMに入社しFortranタイムシェアリングシステムのエンジニアを2年間した。もっとOSの勉強をしなくてはと思っていた頃、カリフォルニア大学にいた高校の友人から誘いがあり、IBMを休職して1967年カリフォルニア大学ロサンジェルス校大学院(UCLA)に進んだ。そこでコンピュータ科学を専攻して1970年修士号を、1972年には博士号を取得した。
その当時は米国国防総省の高等研究計画局(注3)がARPAnetプロジェクトを立ち上げようとしていた時期だった。ヴィント・サーフは大学院に入ると間もなくARPAnetプロジェクトに首をつっこみ始めた。1972年ワシントンでARPAnetの初めてのデモが行われた。それを見届けるとサーフはスタンフォード大学の移り助教授に迎えられた。この時期(1973年頃)に高等研究計画局にいたロバート・カーンとともにTCP/IPのプロトコルの草案を作成した。その後詳細な設計と作成テストにかかりっきりになった。いっそのこと高等研究計画局に入らないかと誘われ、1976年から高等研究計画局に入り、 ARPAnetプロジェクトでTCP/IPの作成と厳密なテストを続けた。
CP/IPが正式にARPAnetに採用され、切り替え計画が進行すると、区切りをつけて1982年民間のMCI社に移った。そこですぐにMCIメールを作ったほか、インターネットの技術の普及につとめた。現在はMCI WorldCom社の次世代インターネット・システム開発の責任者をしている。
現在ヴィント・サーフはグーグルの副社長をしているようだ。
1983年1月1日を期してARPAnetのプロトコルはTCP/IPに切り替えられた。当時200台のコンピュータがつながっていたそうだ。その後はバークレイ版UNIXに早くからTCP/IPが実装されたこともあり、大学、研究機関を中心にノードの数は急速に増えていくことになる。1990年代になって バーナース・リーのWWWの仕組みが導入され、 マーク・アンドリーセンのMosicが出現すると一般の世界に爆発的に普及していった。
IPの上に乗る(TCPパケットはIPパケットに包含される)トランスポート・レイアのプロトコルである。IPによって送り先コンピュータ(終点ノード)に届けられたTCPパケットはポート番号によってアプリケーションに接続される。 TCPプロトコルはパケットの再構成および分解を行う。またTCPはIPで犠牲にした再送機能などの信頼性を保証する仕組みを持つ。
パケット自身に送信元および、送り先アドレス(IPアドレス)を持ち、ルーターを介して目的地まで届く通信方式。OSI7層のネットワーク・レイアに相当する。IPは確認応答、パケットの再送、パケット順序の保証など通信の信頼性を犠牲にして、とにかく通信経路があるかぎり届けるということに主眼が置かれている。
1957年設立。ちょうどこの年、ソ連がスプートニクの発射に成功したのだった。ソ連がこの成功で人工衛星を正確に軌道に乗せることのできるロケット技術と制御システムを手中にしていることが明白になった。アメリカはまだこの技術を持っていなかった。そうした状況下で急遽設立されたARPAはインターネット誕生の母胎となった。
| 「インターネット ヒストリー」 | Neil Randall著 田中りゅう/村井佳世子訳 村井純監訳 | オライリー・ジャパン | 1999年6月 | 2300円 |
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| オープンソース革命の起源 | ||||
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