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Horii Yuji
1954 -
不朽の名作ゲーム「ドラゴンクエスト」のデザイナー
1986年エニックスから任天堂ファミコン用ゲームソフト「ドラゴンクエスト」が発表された。この堀井のデザインしたドラゴンクエストは、それまでファミコンでRPGは無理だと言われていた定説をくつがえす大ヒットとなった。その後ドラクエはファイナルファンタジーとともに、あらかじめ大ヒットを約束されたゲームとしてシリーズ化されてきた。ドラクエが150万本、ドラクエIIが240万本、IIIが380万本、IV310万本、その後スーパーファミコンになってドラクエV280万本、VI320万本である。よくも作ってよくも売れたものである。一部に国民的ゲームと言われているのもわかる気がする。ドラクエを知らずしてゲームを語るなかれである。
このころもう一つの大きな転機が訪れていた。 新聞の新年特集号にパソコンの特集を見つけたのである。 そのころのパソコンはまだ使いものにならないレベルだったが、 それでも彼は買うことにした。仕事に使えるか危ぶむよりも、 新しい玩具まだ誰も遊んでいない新しい遊びを手に入れたいという思いの方が強かったのである。 彼はBASICのプログラムをすぐにいじりはじめ、機械語までもこなすようになり 、自作のテニスゲームを作った。 彼は仕事上で会う編集者たちにコンピュータはおもしろいと宣伝した。 ある日少年ジャンプの編集者からエニックスのゲームプログラムコンテストの取材を依頼され、 ついでに自分の作ったテニスゲーム「ラブマッチテニス」を応募した。 このコンテストは一等賞金が100万円で当時としては破格の内容でパソコン少年たちを 大きく刺激した。一等はオセロゲームですでに有名だった「森田のバトルフィールド」、 二席には中村光一という高校生が作った「ドアドア」というアクションゲームが入った。 堀井のテニスゲームは入選を果たした。
1997年1月エニックスは新ドラクエ(DQVII)をプレイステーション(PS)で発売すると発表した。奇しくもライバルのファイナルファンタジーVIIがPSで発売される半月前である。むろん堀井雄二のデザインである。ドラクエよお前もかといった嘆きがサターン陣営からは聞かれた。任天堂はノーコメント一点張りだった。SCEは笑いが止まらず大はしゃぎしていた。このあとセガサターンはとどめを刺されたかのように脱落していく。
堀井雄二は1954年日本国の兵庫県淡路島に生まれた。 1978年早稲田大学文学部を卒業した堀井は、在学中は漫画研究会に籍をおいていた。 大学2年の時、ある出版社から漫画研究会の本を作るという企画が舞い込んだ。 堀井はそこで文字を書くという仕事を担当した。 そして文字を書くことも漫画を描くことに劣らぬほどおもしろいと思うようになった。 この本はそこそこ好評で、以後原稿を頼まれることが多くなり、 堀井はもしかすると自分はこれで生活していけるのではないかと考えた。 もともと漫画家になるのを志望していた堀井にとってはフリーのライター になるという選択も決して悪いものでないように思えた。
1999年12月29日発売予定だった「ドラクエZエデンの戦士たち」は開発の遅れで2000年2月に延期になったそうだ。へたをするとプレステ2の発売と重なって、影響がでそうな気もする。
2月に延期になっていたドラクエZは再々度延期になり、3月末決算には間に合わないことが確定してしまった。このため、発売元のエニックスは今期の業績見通しを約半分の189億円に下方修正した。
彼はRPG雑誌「ロープレファン」のインタビューで「エンディングのないゲームを作りたい」 と語った。
「これまでの話と相反することになるかも知れませんが、マルチシナリオやマルチエンディングでもなくて、フリーシナリオでもない、物語のないただ「存在する」だけの世界を作りたいですね。作り手はただ「世界」を用意するだけ。プレイヤーは好き勝手に冒険して行くんです。まだ漠然としたもので......今、それをみんな目指しているのでしょうが、「シムシティ」にしても「タワー」にしても一部を切り取っている形ですよね。それとも違う。その中で一生生活できるような世界.....」
彼の言っている世界に今一番近いのは64のマリオではないだろうか。マリオは何もしないで原っぱでチョウチョとたわむれていても楽しめるゲームである。ああいう世界は今までのゲームには無かった。今ゲームの潮流は、FFのめざす映像でぐいぐい引っ張っていくFF的世界と、ドラクエのめざすプレーヤーに完全な主導権を与えるドラクエ的世界に大きく別れつつある。時代はFFに味方すると思うが、ドラクエ的世界は高度な影響を我々にもたらす可能性を秘めている。 PS版新ドラクエに期待したい。
2000/08/26ドラクエZは(四度目の正直で)予定通り発売された。
今回はネット予約も実施したためクレジットカード認証過程のバグで大混乱も起きたが、売れ行きは好調で目標の400万本はひとまずクリアーできそうな勢いだ。
| 「テレビゲームの神々」 | 多摩豊 | 光栄 | 1997年2月 | 1500円 |
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| 副題 RPGを創った男たちの理想と夢 | ||||
| ゲームの天才 | じゅげむMOOK | リクルート | 1998年4月 | 933円 |
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