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Nolan Bushnell
1943 -
テレビゲームを普及させたアタリ社の創設者
日本では「アタリ・ショック」という言葉がかなり流通しているが、何を隠そう、 そのアタリ社を設立したのが我がノーラン・ブッシュネル氏である。 アタリとはおかしな英語だと思ったら、これは囲碁の「当たり」に由来していて、 ゲームずきのブッシュネルらしい命名となっている。 後にアップルを創設するスティーブ・ジョブスも一時期アタリ社の社員をしていたが、ブッシュネルは早々と1976年ハリウッドの映画会社ワーナー・コミュニケーションズにアタリ社を売却して億万長者となった。それから7年後の1983年に俗にアタリ・ショックと呼ばれるデレビゲーム市場の急激な崩壊が起こった。これはむろんブッシュネルとは関係なく、ワーナーのテレビゲームに対する無知に由来するところが大きいようだ。
ブッシュネルは1943年米国ユタ州のグレート・ソルトレークで生まれている。 10歳でアマチュア無線の免許を取り、彼の子供部屋は実験器具で溢れかえっていた。 1961年ユタ州立大学に入学,その後ユタ大学に移った。ユタ大学ではデビット・エバンスと アイヴァン・サザランドが教えるコンピュータグラフィックスの講義があり,ブッシュネルはコンピュータにのめりこんだらしい。ユタ大学はこの時期サザランドなどをしたって、多くの優秀な人材が集まってきて、CGのメッカとなっていた。
1968年ユタ大学を卒業した彼はディズニーランドに就職したかったらしいが, だめでアンペック社に入社。大学時代からのテレビゲームへの思いから,自分で事業を起こし ,オリジナルソフトを販売する事にした。1970年アタリ社設立し、 1972年にテレビゲーム「ポン」を出荷,すごい勢いで売れた。 彼の自由人としての考えは会社運営にも現れ、アタリ文化とよばれた。出勤は自由で、 服装も自由。会社にお風呂まで作ったといわれている。 いまのソフトウエア制作会社のスタイルの元になっている。
| 「コンピュータの英雄たち」 | ロバート・スレイター | 朝日新聞社 | 1992年7月 | 2300円 |
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| コンピュータ関連の人物紹介としては古典的な本で、ふつうは取り上げないような基礎的な仕事をした人コンラッド・ツーゼやジェイ・フォレスターなどていねいにとりあげているので非常に参考になる。 | ||||
| 「ゲームの大学」 | 平林久和、赤尾晃一 | メディアファクトリー | 1996年3月 | 2800円 |
| 「コンピュータウォリアーズ」 | R・レヴェリング/M・カッツ/M・モスコウイッツ | アスキー出版局 | 1986年1月 | 2500円 |
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