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Sakaguchi Hironobu
1962 -
超大作ゲーム「ファイナルファンタジー」のデザイナー
坂口博信は1962年日本国に生まれた。大学では電気情報工学科で、 その当時からアップルIIなどでゲームを作ったりしていた。 1983年電友社のソフトウエア制作部門としてスクウェアが設立されたとき、 坂口氏は国産PC用のソフトをつくりたかったので、アルバイトとして参加した。 そこで手始めにPC8801などの国産パソコン用にゲームを作った。 「ザ・デストラップ」というアドベンチャーゲームが最初だった。 その後、スクウェアは1985年にファミコン市場に参入し、 いつの間にか社員になってしまった坂口氏は「キングスナイト」や「ハイウエイスター」 「とびだせ大作戦」などを手がけた。 この頃アップルIIの天才プログラマといわれたナーシャ・ジャベリが参加している。 かれは後にファイナルファンタジーシリーズのメイン・プログラマとなった。
当時のゲーム制作は描画スピードが要求されることからアセンブラでしこしこ書かれていた。 最初のFFはプログラマが3人、企画が4人、グラフィックス担当が4〜5人位、 全体でも12〜13人のチーム編成だった。 最新版のFFVIIでは300人近くのプロジェクトになっていることからも、 わずか10年足らずのうちにゲームというものがいかに大きく変貌をとげたかがわかる。
1987年に発売されたファイナルファンタジー(FF)は大ヒットした。坂口氏はこのゲームを最後にゲーム業界から足を洗おうと思っていたらしく、「最後の」ファンタジーというタイトルはそういう思いからつけられたということだ。FFはロールプレーイングゲーム(RPG)というジャンルに入るゲームで、このジャンルをファミコンで切り開いたのは、堀井雄二氏の「ドラゴンクエスト」である。 RPGは作るのも、売るのも難しいゲームで、FFの後、この二つのように成功した作品は出ていない。ちなみに、この時期ドラクエもFFもアメリカでの発売をしているが、アメリカ市場では惨敗している。ただしFFの最新作はアメリカでの大々的な宣伝も功を奏して、アメリカ、ヨーロッパあわせて250万本も売れた。
1997年1月待ちに待ったFFの7作目は色々な話題をよんだ。 まず、それが任天堂のスーファミでも64でもなく、プレイステーションで発売されたことだ。 スクウェアはソフトウエア制作会社の力をまざまざと見せつけ、 時代が変わったことを多くの関係者に了解させた。 それまでは、ゲーム制作会社は任天堂などのハードホルダーのしもべで、 吹けば飛ぶような下請け会社的な存在だった。スクウェアはその鎖を断ち切ったのだった。
注:この発表は1996年2月の「週刊少年ジャンプ」の紙上で行われた。それから発売までの約1年間に、スクウェアは開発現場や、制作中のムービーの一部をCMに流したり、また、体験版FFを他のゲームに同梱してさわり部分をプレーできるようにするなどプロモーションの面からもそれまでにない手法を使ってきた。
もう一つは、コンビニによるゲーム流通というとんでもないことをやってのけたことだ。これは、SCEへの移籍交渉の過程でソニーをOKさせ、デジキューブというゲーム流通の新会社を設立、FFの発売をにらんでスタートさせた。これもハードメーカー主導のソフト流通に風穴をあけたことで、当初だいぶ風当たりが強かったが、力をつけたソフトウエア会社というものを印象づけた。実際FFの当初販売330万本のうち、200万本をコンビニルートで売ったことで、実績ができ定着したと言っていいだろう。
また、FF開発メンバーにインセンティブとして総額数億円の成功報酬を与えたという話も伝わっている。実は、95年頃からスクウェアが多くの人材を引き抜いているという噂がたっていた。実際その頃からゲームは2Dから3Dへ大変革の時期で、コンピュータ・グラフィックスのできる人材は引っ張りだこだった。ソフトウエア制作は人材が全てで、いまではどこのゲーム制作会社も多かれ少なかれクリエーターを優遇する方向に向かっているが、昔はたこ部屋同然の環境でこき使われるだけというのが多かったらしい。スクウェアがアメリカなみの環境を用意することで、こういった日本的な雇用関係を一掃することに貢献していると言っていいだろう。坂口氏のインタビュー記事には、彼が開発者の実名をあげてほめることが頻繁にある。これも彼一流の開発者尊重の仕方なのだろう。
1997/03/27日経新聞によると6億7千万円の成功報酬を開発メンバー約120人で分配するとのこと。チームリーダクラスになると一人で5000万円にもなるらしい。
1999/02/13の日経新聞朝刊によると発売初日の11日だけで200万本を売ったそうだ。
坂口氏はFFVIIの開発ではプロデューサーという役回りで、 言ってみれば開発メンバーが気持ちよく働ける環境を作る仕事だった。 本人は制作の現場からはなれることには抵抗があるらしく、 代表取締役副社長という肩書きに反して、今はクリエーター半分、 マネージメント半分の生活をしている。
スクウェアは現在ハワイのホノルルで2001年に公開予定の「ファイナルファンタジー・ザ・ムービー」を7000万ドルという巨費をかけて制作中だ。このフルCG映画は、コロンビア・ピクチャーズから全世界に配給される予定である。坂口氏はこのプロジェクトに監督兼クリエーターとして参加している。スクウェアUSAの社長も兼務している坂口氏はホノルルに自宅をかまえ、ハリウッドの脚本家(「アポロ13」のアル・ライナーや、「エイリアン3」のマイケル・ギブソンなど)と一緒にアウトラインストーリーを書いているということだ。スクウェアはたぶん21世紀には世界的なCGメーカーになっているだろう。それはむろん坂口氏の意図するところなのだ。
「スクウェアUSA米ナスダック上場へ 米映画に本格進出」とあった。
スクウェアUSAはコロンビア・ピクチャーズと3本のCG映画制作で合意したらしい。ナスダックへ上場して投資家から資金を調達し、ハリウッドをめざすようだ。
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