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Tajiri Satoshi
1965 -
モンスターゲーム:ポケモンの作者
1996年の2月にゲームボーイ向けに「ポケットモンスター赤」と「緑」が発売された。 赤と緑に分けるアイデアは任天堂の 宮本茂氏が出したらしいが、ゲームボーイどうしの通信を前提にした「交換」や「育成」、「コレクション」、「150以上のキャラクター」などの斬新なアイデアを盛り込んだ変種のRPGソフトだった。このポケモンは、長い時間をかけて子供たちの世界に浸透し、同時に大人たちの巨大なビジネスになっていった。ポケモンは田尻智氏のアイデアから生まれた。
田尻智氏は1965年日本国の東京で生まれた。田尻氏が中学に入った頃の1978年、 西角友宏氏 の手になる「スペースインベーダー」というシューティングゲームがタイトーから発表された。これは驚異的な大ヒットをし、多くの人にテレビゲームのおもしろさを体験させた。中学生の田尻氏もこれにはまり、 「1月のこずかいのほとんどをインベーダーとの戦争代に注ぎ込んでいた」 状況だったらしい。おかげで腕は相当なものになったが、1人だけ得点でどうしてもぬけない友人がいた。たまたま彼の家に遊びに行ったとき、彼が当時としてはめずらしい、パソコンを持っていてそれでインベーダーを遊んでいるのを知った。
「しかし、それ以来僕は、自分の家でインベーダーを、テレビゲームをする幻想を保ち続けることになった。そして、高校1年の夏休みが終わるころ、アルバイトで貯めた20万円をはたいて、念願のパソコンを手に入れた。プログラムのことを勉強して、さらに半年たったときには、自分の家のブラウン管の上に、スペースインベーダーを再現するのに成功した」
1983年高専時代に、田尻氏はテレビゲームのプレイテクニックを紹介した18ページの ミニコミ誌を作った。 名前は「ゲームフリーク」として、20部コピーし、ホッチキスで止めた簡単なものだった。
「だいたい、僕には、不満がある。いま、本屋には、たくさんの雑誌や単行本が溢れているけれど、僕が求めているテレビゲームの本は、1冊もない。僕は、すごく欲しいのにどうしてないんだろう、と思っていた。いつか、ゲーム雑誌ができて、本屋で買える日がくるといいな、とも思っていたけれど、とてもそれまで待つことはできなかったんだ。そして、僕とおなじくらいテレビゲームが好きな人間が、日本中にいっぱいいて、同じようなことを考えているんじゃないか。そう考えたから、僕は、自分でテレビゲームの雑誌を作ろうと、決心した。僕と同じような仲間に読んでほしいんだ」
ゲームフリークの第2号はちょうどそのころ久しぶりに熱中できるゲームを発見したので、 それについて書いた。 遠藤雅伸氏 の「ゼビウス」である。この号のうわさは口コミであっという間にゼビウス・フリークたちに広がり1万部を越えたという。田尻氏はゲームセンターではちょっとした有名人になったらしい。そんなときに、あるゲーマーからゼビウス星のうわさを聞いた。ある手順をふんでプレーするとクライマックスが現れるというのである。田尻氏はゲームセンターを軒並みあたって、このうわさを聞いて回った。しかしこれが逆にうわさを広める結果となってしまった。
「いい加減な噂を流して、健全なゲームキッズたちをたぶらかしているやつは、いったい誰なんだ」
ゼビウスの作者、遠藤氏は怒っていた。氏のもとに問い合わせが殺到し、ついに遠藤氏は 雑誌の紙面でうわさを否定するアピールをだし、ゲームセンターにも足を運んで制作者みずから訴えた。 作者自身が否定したのでほどなくうわさは消え、逆にうわさを広めた有名人田尻氏の権威は失墜し、 ゲーム仲間から締め出されてしまった。
「そして、僕は宣教師から一挙に詐欺師になった」
何ヶ月か後、ゲームセンターで一人寂しくゲームをやっているとき、そこへゼビウスの作者 遠藤氏が訪ねてきた。
「新宿のあるゲームキッズから、キミの存在を知ったんだ。ここにくれば、会えると聞いてね」
「ゲームキッズの間で、キミの信頼は地に落ちているらしい。ちょっと助けてあげよう」
遠藤氏はゲームセンターにいたゲーマーを呼んで、田尻氏と仲直りさせた。
「そして、全員が手を握り合った。その上から、ゼビウス生みの親である彼が、両手で強く握った。その光景は、まるで映画「メトロポリス」のエンディングシーンのようだった」
中学高校のこうした早熟でヘビーな経験をバックに、田尻氏は高専を卒業すると当然のように ゲーム業界に入った。1989年に株式会社ゲームフリークを設立し、同年ファミコンソフト 「クインティ」をナムコから発売した。この年は任天堂から 横井軍平氏 の企画で「ゲームボーイ」が発売された年で何か因縁めくが、ポケモンの構想もこの頃からのものらしい。途中他のソフト開発で中断されながらも、ポケモンのゲームシステムは、暖められ、ゆっくりと誕生の時を待つように仕上げられていった。
| 「パックランドでつかまえて」 | 田尻智著 | JICC出版局 | 1990年4月 | 900円 |
|---|---|---|---|---|
| 「ポケモンの秘密」 | ポケモンビジネス研究会 | 小学館 | 1998年6月 | 533円 |
| 人間発見 石原恒和氏 | 日経新聞夕刊2000/1/11〜1/14 | 日本経済新聞社 | 2000年1月 | 0円 |
| 「ポケモン・ストーリー」 | 畠山けんじ、久保雅一 | 日経BP社 | 2000年12月 | 0円 |
| 「田尻智 ポケモンを創った男」 | 宮昌太郎/田尻智 | 太田出版 | 2004年3月 | 1400円 |
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