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ロッド キャニオン

Joseph Rod Canion

1945 -

コンパックコンピュータの共同設立者

1998/09/07 掲載

もはやクローン・メーカーとは言わせない

コンパックコンピュータは何年か前にIBMを抜き去り、 もはや誰もコンパックのことをクローン・メーカーと言えなくなった。 現在パソコン出荷台数第一位のパソコン・メーカーである。 いままで何度か経営的危機があったが乗り越えてきている。

テキサスインスツルメントの社員だった

コンパックコンピュータは1982年に当時テキサスインスツルメントの社員だったロッド・キャニオン、ジム・ハリス、ビル・マートらによって設立された。資金提供したのはベンジャミン・ローゼンである。

ポータブルPCの着想が浮かんだ

1980年ころ、TIでパソコン技術者をしていた彼は、現状に飽き足りなかった。自分で事業を起こそうと色々考えていた。1981年にIBM/PCが発表されたのを契機に、始めはIBM/PC用の外部記憶装置を販売しようと考えた。ベンチャー・キャピタリストのベンジャミン・ローゼンに企画書を出して出資を要請したが、ことわられた。その後何回も企画書を変更したがローゼンのOKは引きだせなかった。その年の夏、テキサス州ヒューストンの、とあるレストランで同僚のジム・ハリス、ビル・マートと共にマーケティング・プランについて話し合っているときにポータブルPCの着想が浮かんだ。すぐにそばにあったレストランのナプキンに頭に浮かんだ絵を書き留めた。IBM/PCはデスクトップ機である。それとコンパチブルでしかもポータブル(可搬型)のアイデアはベンジャミン・ローゼンのOKをついに引きだした。1982年1月セービン・ローゼン・マネージメント社(Sevin.Rosen.Management)からロッド・キャニオンに試作品を作るための2万ドルが融資された。

「ポータブルI」として発表した

最初の困難はIBMが著作権を主張しているROM・BIOSである。これをコピーするわけにはいかないのでTIから優秀な技術者を10人引き抜いて100万ドルかけてわずか9カ月で独自のBIOSを完成させた。10月にプロトタイプが完成すると、すぐに販売網設立に動いた。IBMの販売責任者スパークスを高給で引き抜いた。スパークスは一般小売りチャネルを開拓し、シアーズとコンピュータランドに取扱店となってもらった。ディーラーのマージンはIBMより高い36%を保証した。11月「ポータブルI」として発表した。すぐに、生産部門の設立に動き、データポイント社のジョン・ウオーカをこれまた引き抜き、ついでに財務部門にTIからジョン・グリビを取った。月産5000台の工場を建設した。1983年早々に出荷が開始され、最初の年は5万台1億1120万ドルの売上をあげた

参考文献および関連書籍の紹介
「米コンピュータ企業の興亡」 嘉村健一著 電波新聞社 1993年11月  1700円
IBMPCの出現から、コンパックなどのクローンメーカーの興隆と攻防の10年を書き記したもので、こういう視点で書くのは、もう今ではできないので、なかなかの貴重品ではある。
NCインタビュー 日経コンピュータ1993/7/26号 日経BP社 1993年7月  0円
ベンジャミン・M・ローゼン
レポート「コンパックコンピュータ1987年春」 ロバート・S・アトキン ピッツバーグ大学 1992年   0円

 

 

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