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北城恪太郎

Kitashiro Kakutaro

1944 -

日本社会に貢献するIBMの道を作った

1998/09/07 掲載

こんな社長は見たことない

彼、北城恪太郎氏は1993年に日本IBMの社長に就任したが、その一年目の12月決算で日本IBMは235億円の初めての大幅な赤字を計上した。普通だと、これでダメ社長の烙印を押されてしまうのだが、彼は日本経済新聞のインタビューに答えて「赤字決算でしたが展望が開けたので満足です」と平然と答えている。筆者のイメージするごく一般的な社長像は少なくとも俺が社長のうちは赤字は出したくない。まして一年目はどんな手を使っても黒字にしたいと言うはずだったが、北城氏は「満足です」と言ってはばからなかった。こんな社長は見たことない。筆者は驚くと共に、彼のリードする日本IBMを注目することとなった。

1999/11/02の日経新聞夕刊によると

北城恪太郎氏は社長から会長になり(12/01付け)、しかも本体IBMのアジア・パシフィックの社長に就任する(11/15付け)とのこと。後任社長はサービス事業担当だった大歳卓麻常務。

ずーと下積みだったから

北城恪太郎氏は1944年日本の東京に生まれた。1967年に慶応義塾大学工学部を卒業して日本IBMに入社。1972年カリフォルニア大学バークレイ校大学院の修士課程を修了。1986年はやくも取締役(事業推進統括本部長)になり、その後常務、専務、副社長を経て1993年社長、CEOに就任している。まだ49歳だった。どうみてもトントン拍子の出世だが、本人はインタビューで「ずーと下積みだったから」と言っている。よほど自己目標が高かったのだろうか。93年6月21日付けの日本経済新聞夕刊のインタビュー記事を引用してみたい。

万事塞翁が馬ですね

「どんな質問をぶつけても、そつなく答が返ってくる。椎名会長は「年齢のわりには芯が強い」と評したが、「どうですかね、次長職のころ、大きな案件で社長に直訴した。反対の役員もいて、サラリーマンなら、やりたくないという気が働いて当然だが、私、ずーと下積みだったから、批判されてもともとっていう気持ちはあった。それを芯が強いとみられたのかもしれない」」
日本経済新聞1993/6/21夕刊より
「1981年のことだ。都市銀行の第三次オンラインシステムのメーカー選定で、 得意先を奪われそうになったが、みごとにひっくり返した。「IBMの世界的に統一されたビジネスルールは、日本の事情に合わないものがあり、顧客の満足度に答えるために変えるべきだと思った」ゆえの直訴と勝利だった」
日本経済新聞1993/6/21夕刊より
「中等部からの慶応ボーイ。「英語ができませんで、先生に注意され、それなら高校で一生懸命やろうと」。教会で英語を学んだのが縁で敬けんなプロテスタント。まじめ、誠実を絵に描いたような半生である」
日本経済新聞1993/6/21夕刊より
「同期で管理職になるのは遅れたが、なってからはとんとん拍子。社長補佐を勤めたあと、10年かからずにトップまで上り詰めた。「成績が悪かったから英語が話せるようになったんだし、昇進が遅かったから、何も考えずに仕事ができた。万事塞翁が馬ですね」
日本経済新聞1993/6/21夕刊より
「激動の時代は「機械からソフト、サービスに市場がの大きさが移っている」中央集権より権限委譲、と体質の転換を急ぐ一方で「国際的な総合メーカーの良さもある。ある意味で追い風」と言う。「一生懸命やって、出来なければ、それも一つの道であるという楽天性」が幸いしているようだ」
日本経済新聞1993/6/21夕刊より

アイロニーに富んだ改革

彼は社長就任時に「お客様志向の会社」「業界の変革をリードする会社」「自由闊達な会社」の3つのビジョンを掲げ、大規模なリストラや、社長直轄型への組織統廃合、年俸制の導入、権限委譲など改革を断行している。いささか大昔の話になるが、20年近く前、筆者は客先で日本IBMのSEを交えて打ち合わせを持ったことがある。そのとき、打ち合わせの途中であるにもかかわらず、時間ですからと言って、皆が唖然として見送る中、そのSE氏は堂々と帰ってしまったことがあった。そのときはさすがIBMと感心したものだが、今考えると汎用機全盛時代のIBMは強かったという思いを禁じ得ない。「お客様志向の会社」とはある意味で弱くなることである。「赤字で満足です」と言った北城氏は、そういったアイロニーに富んだ改革を遂行する能力のあるリーダーだと思う。

参考文献および関連書籍の紹介
「日本の40代」 日本経済新聞1993/6/21夕刊 日本経済新聞社 1993年6月  0円
「IBM、汎用機戦略を転換」 日本経済新聞1994/4/6朝刊 日本経済新聞社 1994年4月  0円
「トップ群像」 日本経済新聞1994/2/28朝刊 日本経済新聞社 1994年2月  0円
「リストラまだ道半ば」 日本経済新聞1994/4/1朝刊 日本経済新聞社 1994年4月  0円
「編集長インタビュー」 日本経済新聞1994/6/4朝刊 日本経済新聞社 1994年6月  0円
「全管理職に年俸制導入」 日本経済新聞1994/2/3朝刊 日本経済新聞社 1994年2月  0円
「30本部3部門を全廃」 日本経済新聞1994/12/30朝刊 日本経済新聞社 1994年12月  0円
「うちの戦略」 朝日新聞1995/5/3朝刊 朝日新聞社 1995年5月  0円
移行前のコメント
2004/08/17
経済同友会代表幹事の北城氏、政府に対して起業家への創業資金援助の政策を求めているようですが、了貫総合企画という所が最近、それを実現する為の政策提言をしているようです。
2001/07/10
世界のIBM!しかし 高卒の採用は少ない・・・というより無い・・・
世界のSONY!高卒でも新世代感覚の取入れでVAIOノートが売れた・・・
高卒の採用を!

 

 

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