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Louis V. Gerstner Jr.
1942 -
IBM再興の立役者
1991年第一四半期にIBMは17億ドルという赤字を計上した。 これは超優良企業のIBMにとって創業以来初めてのことだった。 当時のエイカーズ会長が幹部社員を集めて怒り狂った様子は、 たまたま社員のEメールが外部に漏れてマスコミにも話題になった。 その当時ダウンサイジングと呼ばれた大きな波がメインフレーム・ビジネスを直撃していて、IBMもその影響を受けていた。その後は何度も赤字を繰り返すことになるが、1993年早々エイカーズ会長は更迭され、新任のCEO選びが始まった。この新任選出はかなり難航したが、当時RJRナビスコの会長兼CEOだったルイス・ガースナー氏に白羽の矢が降りたのだった。
その選択は賢明だった。
ルイス・ガースナーは1942年米国ニューヨーク州ミネオラに生まれた。 1963年にダートマス大学工学部を卒業した。 1965年ハーバードビジネススクール(MBA)卒業してマッキンゼー&カンパニーに入社し、 コンサルティングのディレクターをしていた。 1978年アメリカン・エキスプレス社に入社し、 子会社のトラベル・リレイテッド・サービスの会長兼CEO、アメリカンエキスプレス社の 社長を歴任し、クレジットカード事業のリストラを手がけた。 1989年RJRナビスコ社会長CEOに就任し、財務体質の改善に腕をふるった。 そして、1993年4月IBMコーポレーションの会長兼CEOに就任することとなった。
彼の経歴を見てわかるように、非常に広い範囲のビジネスの世界を知っており、 何が大切で、何が必要かをよくわかっている数少ない経営者の一人だと思う。 彼の会長室にはジョン・カレルの「デスクの後ろに座って世界を見るのは危険なことだ」 という座右銘が壁に掛けてあるそうだ。 その言葉の通り、彼は会長に就任すると同時に世界中のIBM顧客と話し合いを持った。 日本にも93年7月に来て大手ユーザーと会見した。
はっきりとしたメッセージを社員に送りました
彼は就任早々5万人の大規模な人員削減を打ち出し、 組織のスリム化と意志決定の迅速化に手を付けた。
「なぜ企業変革をしなければいけないのか、その理由をはっきりとしたメッセージとして社員におくりました。しかも短期間に行われなければならないと。このことが成功するにあたって非常に大きな部分を占めています」
93年は赤字を続けたが、赤字規模はどんどん減っていき、 2年後の94年には黒字決算に持っていくことができた。 ガースナー氏の経営理念が理解できるので、95年4月に来日した際の記者会見から引用したい。 記者がノーネクタイ運動はうまくいっていますかと水を向けたくだりである。
「ノーネクタイについてはノーネクタイ運動という方針を貫いているわけではありません。私の信念、経験から言えることは、ルールでがんじがらめになった組織は基本的に弱いということです。偉大な組織は原則にのっとって皆が行動する組織です。つまりルールではなく原則にのっとって動く組織です。ルールだけ守っていれば成功したと思いがちです。これは内部の尺度であって、外部の市場とかお客様といった尺度ではありません。過去18ヶ月間に服装以外でも多くのことを変えました。 大切なことは社内で成功することではなく、社外で成功することです。昔はネクタイをしなければいけませんでしたが、現在ではネクタイをしないほうがいい。だからといってそれをルールにするのはよくないことです」
ずっと以前、エイカーズの執務室にはパソコンは無かったが、ガースナーの部屋にはある。という ゴシップ記事をどこかで読んだことがある。彼ルイス・ガースナーは筆者が最も尊敬する経営者の一人である。
| 世界のリーダーが語る | コンピュートピア95/No.6号 | コンピュータ・エージ社 | 1995年6月 | 780円 |
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| ルイスV・ガースナーインタビュー | ||||
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