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ジョン・マッカーシー

John McCarthy

1927 -

人工知能言語LISPを発明した人

1998/09/28 掲載

LISPという名前

LISP(LISt Precessing language)という名前はリストと呼ばれるデータ構造に由来している。 LISPでは、アトムと呼ばれる基本構成要素の集合をくくってリストという構造を創り出す。これを操作する言語である。

人工知能の草分け

ジョン・マッカーシーは1950年代後半マサチューセッツ工科大学で数学を教えていた。 Artificial Intelligence(人工知能)という言葉をそもそも最初に使ったのは 我がマッカーシー教授であるらしい。 1955年に書かれた「人工知能の研究のためのダートマス夏期プロジェクトの提案」 というプロポーザルには確かに人工知能という言葉が使われている。 そういえばマッカーシー教授は米国人工知能学会(AAAI)の初代会長でもある。 彼は高価なIBM704にチェスをさせようとした人でもある。彼のこの経歴が示すように、 人工知能研究とLISPは切っても切れない関係にある。

タイムシェアリングの提唱

また、マッカーシー教授は1959年にタイムシェアリングというコンピュータの利用形態を提案したことでも知られている。当時MITではIBM704を使っていたが、コンピュータ管理者にパンチカードを渡して、結果を受け取るといったスタイルでしか利用することができなかった。これでは一カ所パンチミスすると、半日つぶれてしまうので教授や学生は自分でコンピュータを扱いたいという強い要求を持っていた。この提案を受けてIBMはTSS(タイムシェアリングシステム)と一般に言われるようになった利用形態を開発した。この自分でコンピュータを扱いたいという欲求はその後もどんどん強くなり、タイムシェアリングからパーソナルコンピュータへと脱皮をとげることになる。

経歴

ジョン・マッカーシーは1927年米国マサチューセッツ州ボストンで生まれた。1952年プリンストン大学で博士号取得。1971年にはチューリング賞を受賞している。現在はスタンフォード大学に所属し、コンピュータ科学を教えている。

骨董品のようなコンピュータの時代だった

ジョン・マッカーシーがIBM704上で動く人工知能研究に使えるリスト処理言語の着想を得たのは、1956年ダートマスで開催された第一回目の人工知能会議においてだった。 LISPがIBMマシンにインプリメントされたのは1958年からで最初はコンパイラーも完備せず徐々に整備されていって、1960年頃一人立ちしたものと考えられる。 LISPはPROLOGと違い、30年後の今でも広く使われており、LISP信者とおぼしき人も多い。しかし人工知能言語が、骨董品のようなコンピュータの時代に発生したのも、考えてみれば不思議である。FORTRANが1956年、COBOLが発表されたのが1959年、 ALGOLは1960年である。これらの古典的な言語と同じ時期にLISPは生まれている。

参考文献および関連書籍の紹介
「ハッカーズ」 スティーブン・レビー著 古橋芳恵/松田信子訳 工学社 1987年3月  2575円
「人工知能になぜ哲学が必要か」 J・マッカーシー/P・J・ヘイズ/松原仁著 三浦謙訳 哲学書房 1990年7月  3500円
副題:フレーム問題の発展と展開
前半がマッカーシーとヘイズの論文の翻訳で、後半が松原先生の解説みたいになっている。フレーム問題についての解説だが、いまは興味が薄れてしまっている分野だが、当時は第一級の頭脳が頭を悩ましたものだった。
「コンピュータの時代を開いた天才たち」 デニス・シャシャ/キャシー・ラゼール著 竹内郁雄/鈴木良尚訳 日経BP社 1998年11月  2400円
この本でマッカーシーは「常識をもった非常識な論理学者」として紹介されている。インタビューを中心に構成されたこの本は、マッカーシーがLISPを作るときの苦労話なども紹介されている。
インターネットソースの紹介
スタンフォード大学のマッカーシー教授のページ(英文) (別ウィンドウ)
http://www-formal.stanford.edu/jmc/

 

 

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