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ノーバート・ウィーナー

Norbert Wiener

1894 - 1964

サイバネティクスの創始者

1999/07/19 掲載

神童

ケンブリッジ大学に留学していたころ、ノーバート・ウィーナーはバートランド・ラッセル に教わったことがあるが、彼の存在はラッセルを困らせたらしい。 一時ウィーナーと共同研究したことのある フォン・ノイマンの伝記に次のようなラッセルのぼやきが載っている。

「ハーヴァードを出たウィーナーという神童が私のところにいて、歳は十八。......甘やかされて育ったらしく、自分を全能の神だと思っているようです。.....いったいどちらがどちらに教えるのかと、しじゅう苦々しく思っています」
「フォン・ノイマンの生涯」ノーマン・マクレイ著より

父の英才教育

ノーバート・ウィーナーは1894年米国ミズーリー州コロンビアで生まれた。 ウィーナーはポーランドからの移民だった厳格な父に1歳の頃から英才教育をほどこされ、 9歳で高等学校の授業を受け、11歳でタフツ大学に入学、 1909年には14歳で大学を卒業してハーバード大学の大学院に進んだ。 専攻を動物学から数理哲学に変更し18歳で博士号を授与されている。 その後イギリスのケンブリッジ大学に入り、バートランド・ラッセルに師事し、 またドイツのゲッチンゲン大学で数学の大家ヒルベルトに学んだ。 第一次世界大戦のため帰国し、アメリカ陸軍の試射場に配属され、発射表の計算をした。 戦争が終わると、数学教師や、電気技師、百科全書の編集委員、新聞記者など転々とし、 1919年からマサチューセッツ工科大学(MIT)の教職を得た。 MITは当時まだ田舎の二流大学だったが、徐々に気鋭の研究者があつまり次第に 米国有数の科学の拠点になっていった。 ウィーナーも彼の情報理論をたずさえて確固たる地位を築いていったのだった。 1948年主著「サイバネティックス」を発表した。 1964年スウェーデンのストックホルムに旅行中階段で突然倒れ死亡。

学際的研究の草分けとしてのサイバネティクス

Cyberneticsとはギリシャ語の「操舵手」という語からとったもので、フィードバック機構を中心にした制御と通信の新しい学問領域の呼称として使われた。ウィーナーはハーバード大学医学部で神経生理学を専門にしていたローゼンブリュートと10年以上にわたって共同研究を行ってきた。ウィーナー自身は数学者でこの奇妙な組み合わせは、人間の神経系を情報システムととらえて通信と制御の仕組みを開明しようとしたものだった。1945年にはフォン・ノイマンとサイバネティクスの共同研究を始めた。フォン・ノイマンも天才の名を欲しいままにし、数学、物理学、コンピュータの分野で基礎的な業績をあげている。この2人の天才の共同研究はそう長くは続かなかったが、サイバネティクスは学際的研究の草分けとして、神経生理学、動物学、電気工学、コンピュータ科学などを横断する領域をもち、現在でいうと複雑系の科学と同じような学問的ポジションにあった。しかし、サイバネティクスは人工知能と同様あまりにも大きな課題だったため、その後個別の学問分野に拡散、回帰していった。

自然界の根本原理:フィードバック機構

フィードバックは情報の出力をまた入力に還元するメカニズムを言うが、古くから知られていたこの仕組みはウィーナーによって再認識されたのだった。ウィーナーは第二次世界大戦が始まってまもなく、MITでの高射砲制御プロジェクトに参加するように要請された。上空を高速で移動する物体をレーダーでとらえその情報を元に高射砲の照準を決めるのだが、こうした外部の情報を元に自分の行動を決めるという機構が実は非常に根本的な仕組みとして、自然界のいたるところにあることがわかってきたのだった。ウィーナーが高射砲プロジェクトのなかで、このことに関心をもったことがサイバネティックスの契機となった。最近脚光を浴びている「複雑系」も非線形数学の世界におけるこのフィードバック機構が大きな役割を演じているように、まさに自然界の根本原理を説明する大きな手がかりとなっている。

人間は1つのパターンである

ウィーナーはサイバネティックスを一般向けに紹介した「人間機械論」で人間について興味深い比喩を披露している。蛇足だが原著タイトルはThe Human Use of Human Beingsとなっており、原著と大きく異なる「人間機械論」という日本語タイトルは残念ながらサイバネティックスにある種の先入観を与えてしまったのではないかと思う。

「私が本章で取り組むメタファーは、有機体(organism組織体、生きもの)を通信文(message)と見なす比喩である。有機体はカオス(混沌)や崩壊や死に対抗するものであり、これは通信文が雑音に対抗するのと同様である」
「人間機械論」第2版より
「われわれは、絶えず流れてゆく川からなる川のなかの渦巻きにほかならない。われわれは持続的に存在する物ではなく、持続的に存在するパターンである。 1つのパターンは1つのメッセージ(通信文)であり、メッセージとして伝送されることができる」
「人間機械論」第2版より

われわれ日本人としては方丈記(訂正1)のゆく河の流れは絶えずして...をつい連想してしまうが、 ウィーナーの言うパターンとしての有機体は現代的解釈では遺伝子情報が有機体の実体であるということになるのだろうか。いずれにしろ、物としての生物が実体なのではないという認識は現在では一般的なものになってきているようだ。

参考文献および関連書籍の紹介
「サイバネティクス 第二版」 ノーバート・ウィーナー 岩波書店 1962年10月  800円
「人間機械論」 ノーバート・ウィーナー みすず書房 1979年10月  2400円
「発明」 ノーバート・ウィーナー みすず書房 1994年7月  2400円
「フォン・ノイマンの生涯」 ノーマン・マクレイ著 渡辺正、芦田みどり訳 朝日新聞社 1998年9月  1900円
ノイマンの一生を文学風にまとめたもので、普通の意味の伝記といっていいと思う。いろいろなエピソードが入っていて読みやすい。著者は雑誌「エコノミスト」の記者をしていたジャーナリストで、まとめかたもうまい。
「コンピュータは考える」 P.マコーダック 培風館 1998年11月  2500円
いわゆる人工知能の歴史を人物を中心にたどった本で、かなり詳しいレベルで当時の様子をしることができる。
「思考のための道具」 ハワード・ラインゴールド パーソナルメディア 1987年12月  1854円
これも今となっては古典的な本で、コンピュータの歴史を思考という側面からみたもの、バベッジからネルソンまで多彩な顔ぶれを知ることができる。
「神童から俗人へ」 ノーバート・ウィーナー みすず書房 1983年1月  2300円
「サイバネティクスはいかにして生まれたか」 ノーバート・ウィーナー みすず書房 1983年2月  2000円

 

 

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