ちえの和webページ
Edgar Frank Codd
1923 - 2003
リレーショナル・データベースの発明者
1970年6月IBMサンノゼ研究所のE.F.コッド博士は「大規模な共有データバンクのためのリレーショナル・モデル」(A Relational Model of Data for Large Shared Data Banks)と題した論文を発表した。まだデータベースという言葉は使われていないが、これがリレーショナル・データベースの始まりである。この論文を契機にリレーショナル・モデルによるデータ管理手法の研究が進められ、コンピュータ言語や、処理系のプロトタイプがいくつか発表された。
特にデータ処理言語として、IBMサンノゼ研究所のSEQUEL(Stored English Query Language) がベースになり、1977年に現在SQL (Structured Query Language) として知られている、 リレーショナル・データベースをアクセスする言語が定式化された。 このSQLは後に1987年ISOで標準化されている。
IBMでは、リレーショナル・モデルに基づくデータベースシステムを作成し、1981年SQL/DSとして初めて製品化した。その後IBMのRDBの決定版DB2が出ると、リレーショナルDBが一種のブームとなり、猫も杓子もリレーショナルを標榜するような時期もあった。コッドはこういった風潮を危惧して、1985年10月のコンピュータワールド紙に「あなたのデータベースシステムは本当にリレーショナルですか?」という記事を投稿した。この中で、コッドはリレーショナルDBが持つべき12の規則を掲げた。
また、この時期と前後してリレーショナルデータベースをUNIXの世界で販売する会社、 オラクル(1977年)、インフォミックス(1980年)、サイベース(1984年) がそれぞれ設立され、1980年代後半からはデータベースといえば リレーショナル・データベースを指すようになった。現在のパソコンの世界も全てRDBである。 コッドの果たした役割の大きさもさることながら、 IBMという会社の持つ影響力に今更ながら驚かされる。
普通なら、ここで功成り、名遂げて一件落着なのだが、コッドは超人のごとく研究を続けていて、 1993年にまた絶大な影響力を及ぼすのである。 OLAP(On-Line Analytical Processing)と多次元データベースである。 「アナリストのためにオンライン分析を:情報技術からの要請」 (Providing OLAP to User-Analysts:An IT Mandate)と題した論文を 、彼の妻であるS.B.コッドとの連名で発表した。 ここでもOLAPの満たすべき12の条件が述べられている。 彼は12という数字に何かこだわりがあるのだろうか。
1990年代初頭から、先進企業では、蓄積されたデータをどう活用したら、 企業の意志決定に有効かを模索していた。データウエアハウスとか、 データマイニングといった言葉が使われだしたのもそのころからで、 いわゆる情報系システムの構築が徐々に始まっていた。そんな時期の論文だったので、 多次元データベースとOLAPへの関心が一気に集まり、 数年を経て現在では企業のコンピュータ投資の大きな目玉となっている。
E.F.コッド自身のパーソナルなデータは残念ながらゲットできなかったが (どなたか知っていたら教えてください)、 現在もIBMの研究所で次なるセンセーショナルな論文を書いているのだろうか。 元気であることを祈る。
コッド博士は2003年4月18日フロリダのウイリアムズ・アイランドの自宅で心不全のため亡くなった。79歳。この訃報は読者から教えてもらいました。
| 多次元データベース | 日経コンピュータ1996.3.4号 | 日経BP社 | 1996年3月 | 0円 |
|---|---|---|---|---|
| 副題 OLAPの中核技術 | ||||
感想、ご意見など自由にご記入ください